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佐藤正尚 南礀中題

1/29

自分で縫った着物を来て新春の催しに出る。初めて百人一首カルタ取りをしたが、全く覚えておらず、参加者がそれぞれ上の句だけで普通に下の句を取っていて驚いた。

文春オンラインでDr.ハインリヒがインタビューに答えていて、面白かった。さやわかのカルチャーお白洲で聴いてはいたが、漫才を実際に見たことがなかったので視聴した。結構笑ってしまった。

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佐藤正尚 南礀中題

1/27

Covid-19の感染症流行を気に人は忘れているが、後遺症の残る他のさまざまな感染症はいまでも根絶されなていないし、今後も完全に駆逐されることはないだろう。

一年後に正反対のことを言えるくらいでないと、学んでいる人とは言えないのかもしれない。

人文界隈によれば、ポリコレのレポートが増えて、しかも単なるモラル批評らしい。しかし、テマティーク、新歴史主義、マルクス主義、カルスタの型に当てはめた読解という名のモラル批評はずっとあるので、作品を読む技術やモラル批評しかしていない点を批判するのではなく、型をどれだけ守れているか、そこに型があるのかを論じるに私なら持っていくなと思った。https://twitter.com/kyohhei99/status/1486566145784442881?s=21

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Diontum Project

1/25

ネットで自分が見ている範囲で、議論が起きている点について、他の多くの人が言及していないものもここに記録しておこうと思う。

新刊の岩波文庫の『新約聖書外典ナグ・ハマディ文書抄』では、コプト語とギリシャ語のどっちの訳をとるかの話で、トマスによる福音書の語録7の主語について専門家の間で意見が分かれているらしい。

https://twitter.com/so_miyagawa/status/1485277442432712704?s=21

Damon Albanがテイラー・スウィフトを自分で曲を書いていない、とジョークを飛ばしてスウィフト本人が当然激怒。ぜんぶ自分で書いてることを前提にジョークを飛ばしたのかもしれないが、ビリー・アイリッシュを引き合いに出したレベルの低いジョークだったらしく、舌禍もやむなしか。

https://twitter.com/taylorswift13/status/1485714265675812866?s=21

磯直樹の認識と反省性を読み終わる。ブルデューの界概念はブルデューを援用した文学理論ではほぼほぼ違う意味になっているらしいことを確認。本としては、ある意味で勉強になった。自分なら、こう論述するな、という箇所がたくさんあり、自分の研究論文にも活かしていきたい。

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佐藤正尚 南礀中題

1/24

丁寧に読んでいた論文をやっと読み終わる。

仕事に対する心理的な抵抗が出ている週で、寝不足。

『認識と反省性』を早く読んでしまいたいのだが、著者もなかなかスケジュールが大変だったようで、誤字脱字、論述のまとまりのなさが気になる。一方で、中身は大変勉強になる。ある意味で、こうした本は完璧を目指して二の足を踏みがちな精神を楽にしてくれるので嬉しい。

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佐藤正尚 南礀中題

1/22

ホーツーニェン展に行く。大変良かった。妖怪国体という名前のキャラクターもいる作画を北朝鮮のアニメーション会社が下請けしているらしいので、感慨深い。旅館のアポリアのThe Voidについてもさらに解像度高く理解できた。床の間、不毛な回転、風、無。

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佐藤正尚 南礀中題

1/19

午後から仕事先。ストレスでそれ以上その場にいたくなかったので駅のカフェで会議、その後作業したまま終業。

週末にホーツーニェン展行くため、ぷらっと東海で5000円ほど安く新幹線の券を手に入れた。

図書館で資料受け取り。最近、研究が進まないのでストレスを感じる。

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佐藤正尚 南礀中題

1/19

行く川の流れは絶えねども、仕事は虚無なり。

スパイダーマンホームカミングを家人とみる。いまからするとMJの隠キャぶりがオタク心をくすぐる作りになっていることがよい。

最近、スイッチが入ってないので、朝早く起きて研究会準備などをしたい。

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佐藤正尚 南礀中題

1/17

労働は果てしない。

家人がセールでワインを4本買ったそうなので、店近くで合流して、近くのアラビア料理の店に持ち込んで飲み食い。Calebiancheの白。ワインが美味しすぎて一本空けてしまった。フムス、ラムのラップ、ババガヌーシュも大変美味しく、労働の疲れを忘れた。

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佐藤正尚 南礀中題

1/16

徹夜で飲み、6:00頃に帰宅。14:00まで寝る。風呂に入ってから、民藝の100年展にいった。

いい展覧会だった。画集は今後活かすことができなさそうなので買ってはいないが、『工藝』のオマージュとなっているしっかりした製本だったので、その手の人には必須のアイテムだと思う。

民藝運動の直前期、我孫子別荘ブーム時代の柳が朝鮮の焼き物に興味を持ち、バーナード・リーチと交流があった時の話から、戦中を挟み、柳の死後の民藝運動について広く扱っていたが、構成といい資料の面白さといい、年初から素晴らしい展覧会を見ることができた。

知らなかったことで一番印象的だったのは、民藝運動をやっていた柳としては、当時の貧民救済のための工芸品作りに対して、伝統的な意匠が失われるために反対していたということだった。晩年、美の法門の境地にいたった柳は、このときの自分の中の美の境界について、何を思っていたのか。

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佐藤正尚 南礀中題

1/15

シールズを先行世代が評価するのは「昔の自分を褒めたいだけなのでは」と思っていたが、呉座・辻田・与那覇鼎談を見て、大体みんな同じことを考えていたのだな、と思った。左派的史観が事実検証を歪めたり、ロジックが極端になるのはわかるけれども、私もナショナルヒストリーで育ったので、もっとまともなナショナルヒストリーを次世代に読んで欲しいと思う。

この手の話を聞くと、セットで新書フォーマットで、おそらくは実学的ではない本が広く売られている国自体が珍しい、という意見については、少し思うところがある。まず、日本の出版文化自体が極めて特殊な成立をしているので、新書的なものは、みんな大好き欧米にもたくさんある。ただし、学者よりもジャーナリストの肩書きをもっている人の方が強い、という点が欧米的な特徴な気がする。フランスでは、クセジュ文庫などすぐに例に出されるが意外に教養書的なものが多い。ただし、日本で新書について語る人がほとんど歴史系の人、というのは日本における一定の趣向がでているのかもしれない。

違う相手の意見も載せる論に対しては、でも面白い話をするフェミニストの意見とか載せるんですか、とは思ってしまう。党派的でなく活動するのも、めぐりめぐって形式的には結局は党派と同じなので、実際にそういう場を作っていかないといけないのだろう。

シスターフッドがあるように、ブラザーフッドはあるはずなのだが、いつからそれはホモソーシャルになるのか。境目とは何か。