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米原将磨

『呪術廻戦』のミゲルとフランス語圏アフリカンカルチャーについて

Twitter(X)を見ていて、やたら芥見下々が批判されていて驚いた。ミゲルが呪術師として強いのは黒人的身体が特殊だからというステレオタイプが描かれているという。ミゲルの初回登場シーンをよく覚えていて、芥見がそんな不用意な表現をするのだろうかと訝しんだ。『ジャンプ』を購入して該当箇所を読んでみると、全くそんなことはなかったので念のため記録しておく、ということにかこつけてそもそも論点に強く違和感を覚えたのでその点についても書いておく。

ざっくりいうと、五条がミゲルの能力の高さについて評価するときに「その中で日本では珍しい骨格(フレーム)筋肉(フィジカル) を持つミゲルが呪力強化を備えているだけでこっちとしては脅威なわけ」と、明確に人種的ステレオタイプに基づいた発言をする。骨相学と人種差別が結びついた時代そっくりの言い回しだ。しかし、芥見はそこまで無神経な作家ではない。

ミゲルは次のように反論する。

芥見下々「呪術廻戦 第225話 人外魔境新宿決戦㉗」『少年ジャンプ』2024年18号 より

実際、ミゲルは作中で五条の好敵手だった夏油の味方をしていた海外出身の呪術師として登場してきた。そのときから、五条を抑え込む高い能力を示すキャラクターとして描かれ、そこには外見的特徴についてやたら言及されたりすることはなかった。五条は能力の設定が作中で「最強」であるがゆえに、時に危うい言及や行動をしてしまい、物語の中でのキャラクター特性を際立たせてきた(その果に死んでしまう)。なので、今回の五条の発言は、ミゲルが反論しているがゆえに、そうした「危うさ」の表現として十分に理解できるものだ。会話の続きをみても、五条は「ごめん」と謝罪しているし、その危うさと素直さが彼の特徴であったはずだ。

とはいえ、アフリカ系の呪術師ができているのに対してその解像度の低さを批判する人がいたとしたら、それはある程度まで有効だ。フランス語圏の名前をもつアフリカ系の人間を登場させ、ブードゥーを適当にマッシュアップした適当アフリカンスピリチュアルカルチャーじゃん、といった具合に。しかし、そんな批判に意味があるのかはよくわからない。そもそも、日本ではフレンチアフリカンカルチャーそのものがほとんど注意を払われていない。ヒップホップを好きな人がアメリカンアフリカ文化について関心をもつとしても、フランス語圏アフリカンカルチャーについて興味をもつのだろうか。差別を声高に指摘することは大事なことだとは思うものの、自分が隠された構造的差別に加担し続けていることに気づくことは難しいものだ。ミゲルの久々の登場を気に、単に批判に同調するのではなく、フランス語圏アフリカに関心をもつのもよいだろう。

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米原将磨

「ネット民を味方つけ」

guidance(Yzerr)を聞いていて思うのだが、この人は本当にカスタマー対応とマーケティングを読むのがうまいな、と思った。というのも、こんな例をみたからだ。

FFEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD(舐達麻)のYoutubeコメント欄で、長文レビューがついていると「ネット民と同じこと言ってるwww」という返信がついてた。言うまでもなく、おそらくこのやりとりをしている当事者は会ったことすらないだろう。つまり、ネット上でやりとりしかしていないのに、Yzerrの熱心なファンは自分のことを「ネット民」と思ってはいない、「リアル」な人間だと考えているし、そのような人々を味方につけるストーリーテリングなど含めて実に見事だと思った。

なお、このビーフについては、正直なところ「けんかはよくない」以外に言うことがあまりない。

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米原将磨

遠アーベル幾何学とスピノザ

数論や圏論のアマチュアが論文の読み方を辛うじて覚えたまま、遠アーベル幾何学に基づいたIUTの論証をなぞった時の衝撃。「私が知らないだけで、これはきっと何かの論証の過程なのだろう」と思っていたことが、アルゴリズム的な操作の厳密な定義で、証明そのものがたったの数行で終わっているのだ!

私たちは、このことを別の形でよく知っている。それはスピノザの『エチカ』と全く同じやり口だからだ。スピノザがアルゴリズムを解いているという観点を私はこのようにして手に入れた。よくある対比もここで補足しておくと、ライプニッツはアルゴリズムそのものについて思考した。スピノザはアルゴリズムそのものをやってのけた。なんとも美しい二人だ。

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米原将磨

ポストヒューマニズムどころか、ヒューマニズムも近代もはいまだ終わっていないという言葉の危険さについて

ポストヒューマニズムに対して、40-50代の人文系の研究者は、ヒューマニズムが、それどころかモダンが始まってすらいない、ということをまことしやかに語る。私はこれは危険だと思う。

こうした倫理を要請する語りは、常に自分とその仲間(だと思っている)が不愉快だと思っている者たちに「責任」を押しつけるために「近代的な主体、つまり責任を有する主体すらいまだ厳密には来ていないのだ」というロジックを持ち出すことが前提になっているきらいがある。

たとえば、ケアとセットで再度「中動態」のブームがあったものの、結局は「この曖昧な責任の所在の中で何を責任とするか定義するか」という責任をめぐる問いの新たなゲームの切り口に過ぎなかったわけだ。

そしてそれは、古くからある宗教的なテーマがなぜ今でも人々の間で常に問題になることの繰り返しでもある。私たちはいつも誰かのせいにしたいのだ。そして、誰かのせいにしてもままならないこの世界に対して死ぬほどに苦しむのだ。キリスト教にも仏教にも罪という概念があり、それは同じことについてのバリエーションと言える。つまるところ、誰かのせいにしたい欲望についての切り口の差に過ぎない。

自分の徹底的な醜さを見つめたときに大西巨人が言った意味での「俗情との結託」、つまり、「誰かのせいにしたい」の一般化、「あいつらがすべてをだめにしている」の問題に初めて向き合うことができる。

気をつけれなければいけない。誰かのせいにしたいほど、全部クソなのは当たり前だ。忘れてはいけない、自分がまずもってクソ喰らえなのだ。

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米原将磨

米原式ベストハンドレッド2023

ベストハンドレッドを毎年やっていて思うのは、これは100のレコメンドではない、ということだ。自分にとってこれは、「100のコンテンツによるカルチャーの把握方法」と言える。100のコンテンツに入っていないからといって面白くないわけではないし、100位以内に入っているからといって万人が見て面白いとも思わない。ただし、自分がカルチャーの動向を把握し、それを批評的に思考していくうえで必要なコンテンツはだいたい100ほどで十分なのだ。

そして、その100のコンテンツを順位づけしていくときの面白さとは、それがジャンル固有のものであるものほど順位が低くなり、他のジャンルにも展開している、あるいは隣接しているコンテンツほど自動的に順位が高くなるということを感じるところだ。そのようにして並べていく時、常にそれを裏打ちするため論証をしないと気がすまなくなるし、そのようにして獲得されていく視点もまた、新しい年のカルチャーを見る視線を鍛え直してくれる。結局のところ、こうした試みは人生のある時期しかできないのであり、せめて5年は続けることで新しい視座を常に獲得していきたいと思う。

2023年をそうした観点で振り返った時に感じるのは、アニメーションが傑出していた年だったということだった。昨年は『THE FIRST SLAM DUNK』(2023)の衝撃があったが、今年は全体的にすぐれたアニメーションが目立った年だった。3DCGによるアニメーション表現も今まで以上に多様化していき、題材そのものはここ最近の傾向と大きな違いはないものの、どのようにして面白い表現ができるのかという点で突き詰められていた。

個人的な反省としては、前年と同様に、ゲームする時間をほとんどとることができなかった。確かに『ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・ザ・キングダム』を少しはプレイしたし、ノベルゲームも多少見てみたものの、文脈を見出して発見していくことができなかった。それは、ホラー作品にもいえる。今年は『8番出口』といったホラーゲームの洗練された形式の作品もでてきたし、『オクス駅のお化け』(2023)・『コカイン・ベア』(2023)といったホラー作品もあったものの、全体を包括してとらえるほど本数をこなすことができなかった。

何より残念だったのは、展覧会にほとんど行くことができなかったことだ。2022年はなんとか数をこなすようにしていたが2023年はほとんど行けなかった。

このように、ランキングはその年の条件によって均一した条件を設けることはとても難しい。しかし、だからこそできる範囲でランキングを作り続けることで、数百のコンテンツが次の世代につながるかもしれないことに想いを寄せたい。

では、以下が今年のランキングとなる。ご笑覧いただければ幸いです。

100位

たむらかえ2

たむらかえ

https://www.youtube.com/@tamurakae2

10日間で1万人の登録者にいった逸材。いろいろ謎。あと、学業のほうは大丈夫なのか心配。それはさておき、東大生=クイズ王を完全に破壊するタイプの謎の人物で、話にユーモアと知性を感じる。ただし、キャラを作っている感じがしなさすぎるので、そこが少し心配。将来設計についていつか聞きたい。

99位

ケイコ 目を澄ませて

三宅唱

https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

実在する聴覚障害女性プロボクサー小笠原恵子をモデルとした映画。アジア映画で国際ウケしそうな感じっていまこんなのかーという点ではおもしろかった。なんか参照先わかりやすいインテリ感すごい。研究者とかシネフィルに受けそう。あと、ライティングがすごい日本映画っぽい、ドリーで横から入ってきてカット切り替えで横顔みたいなのも日本映画っぽくて、日本映画って文法あるんだなーと思った。

98位

目隠しでギターを当てる配信をする楽器店員【島村楽器イオンモール甲府昭和店】

島村楽器 イオンモール甲府昭和店

https://www.youtube.com/watch?v=6OXB6fO8m0s

最近一番アツい店長。初めの頃は真面目にエフェクターボードの作り方や初心者にお勧めのギター紹介などしていたが、いつからか目隠ししたままギターの型番をあてるという奇行に走り出して大ブレイク。私も時間を見つけて島村楽器イオンモール甲府昭和店に行く予定。

97位

VIVANT

監督 福澤克雄/脚本 八津弘幸、李正美、宮本勇人、山本奈奈

https://www.tbs.co.jp/VIVANT_tbs/

マンガのスタイルで作成されているドラマとして見事だったし、日本のドラマでできる範囲のことを示してくれた。けれど、投げ過ぎ、つけ過ぎ。

96位

ますぢちゃんねる〜大人のワイン学校〜

鈴木培稚(すずきますぢ)

https://www.youtube.com/@masuji-ch

右回しと左回し。それが大事。ますぢさんが丁寧にワインの飲み方、味わい方を説明してくれるのだが企画にユーモアがあってみていて飽きない。サイゼのワインもちゃんとおいしいことをむっちゃ的確に説明してくれる。

95位

佐藤ミケーラ倭子

https://youtube.com/@MichaelaWakoSato?feature=shared

ポプテピピックの実写版。昔の『バミリオンプレジャーナイト』。東京カレンダーとコラボしている動画では、人物風刺の技術も芸が高い。今後、脚本家としても活躍するだろう。風刺文化と演劇の最先端は、佐藤ミケーラ倭子にあるだろう。

94位

Winny

監督 松本優作(Libertas)

https://winny-movie.com/

2023年はモキュメンタリーや時事ベースの創作より、ドキュメンタリーを意識したフィクションが多かった。日本では、Winnyがよくできていた。ただし、この手の人は実際にはわりと人を苛立たせるみたいなのがわりと配慮されて除かれているような印象をうけた。

93位

ピムとタイ語

ピム

https://www.youtube.com/@pimgabpasathai

最近、ネイティブが日本語を教える番組のうち、アジア圏のものが増えている。こちらは、若いタイ人が日本語で発信して、タイ語を教えるチャンネル。かと思っていたら、タイの政治状況を語る回があり、「王制についてはこの動画では話しません」といった感じで、ギリギリをせめている。実際、下手な記事よりわかりやすい。

92位

ゼロから始めるジャック・ラカン

片岡一竹

https://amzn.to/424SWHf

2017年の単行本の文庫入り。大学時代に知りあった友人。彼は昔からそうなのだが、圧倒的に文章がうまい。文庫化にあたっては、内容についてアップデートもしっかりかかっている。前に論点になっていたフェミニズムから精神分析批判に対してもきちっとテーゼをもって答えている。最近本人と話す機会があったけど、博論がとにかく楽しみ。大著待ってます。

91位

ジョン・ウィック コンシクェンス

監督 チャド・スタエルスキ

https://johnwick.jp/

ありがとう、ジョン・ウィック。今回はアクション俳優界の至宝ドニー・イェンもかけつけて、アクションのレベルもかなり高いものになった。盲目の刺客の戦い方などよくも思いついたと感じ入った。堂々の大団円。

90位

【作曲回】特別ゲスト:森悠也 プロの作曲家に学ぶ、作曲の極意!

山下Topo洋平のHappy New Moment

https://shirasu.io/t/topo/c/topo/p/20230816

その日まで聴いたこともないメロディの断片を、プロ作曲家が数時間にわたってDAWを操作して編曲していく過程を本当に生で配信し続ける驚異の配信。プロがなぜプロなのかはこれを見ればわかる。

89位

プロフェッショナル 仕事の流儀 #248 ジブリと宮崎駿の2399日

NHK

この手のドキュメンタリーは「まぁこういうもんだよね」というふうに適当に流していたが、今回はかなり構成が作り込まれていて鈴木がどのようにジブリの物語を作りたいかよくわかった点で面白かった。また、ジブリをバックアップにつけて駿の台詞にアニメの台詞をかぶせてちく編集なども印象的だった。日本におけるクリエイタードキュメンタリーの本質的な要素を垣間見ることができた。

88位

奈良時代貴族官人と女性の政治史

木本好信、和泉書院

https://amzn.to/3D6HNdw

日本史研究叢刊45冊目。奈良時代の官僚政治はほとんど『続日本紀』の記述を周辺文脈と比べてどのように一貫性をもたせて理解するかという研究スタイルも面白い。テーマとなっている、光明皇后(聖武天皇の皇后)の政治がどのようなものだったのかという検証を孝謙天皇の皇嗣がない状態から説明していくところも勉強になった。

87位

マイ・エレメント

監督 ピーター・ソーン / 脚本 ジョン・ホバーグ、キャット・リッケル、ブレンダ・シュエ

https://www.disney.co.jp/movie/my-element

ストーリーはどうでもよい(移民の話の定形)。そうではなくて、火も水も輪郭がずっと不定形で物理演算し続けてるんだよ……、いったいどれほどの犠牲を払えば、こんなことができるの……、意味がわからない。途中から話も入ってこず、3DCGアニメーションの可能性で殴られつづける稀有な映像体験。

86位

中国アニメーション史

孫立軍監修

https://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843364260

2011年にも同書がででいたが、改訂版となって大幅に内容も変わっている模様。ちなみに、北京電影学院の文化部支援アニメ産業発展関連会議弁公室が監督している以上、中国の政府公認の立場が強い記述もあるので、そこは割り引いて考える必要がある。とはいえ、現代の中国アニメシーンは無視できない盛り上がりをみせていて、線画も3DCGもあと10年で日本は抜かれるだろう。現在時点にて中国アニメーションの基礎を理解するためにはこれが必要だ。とはいえ、物語の類型分類ばかりで技術的な変化が2000年代以降になると記述が希薄なのは気になった。

85位

科学普及活動家ルイ・フィギエ

槙野佳奈子、水声社

https://amzn.to/3tFMmKi

学会でたまたま知り合った研究者仲間の初の単著。19世紀中頃のフランスで活躍したルイ・フィギエという科学普及家、いまでいうサイエンスライターについてのモノグラフ。初期のダゲレオタイプは、科学サイドと芸術サイドで態度の違いがあったというこれまでほとんど日本では紹介されていなかった文脈を説明、とくに、紙と金属の違いが、科学者と芸術家の意見の対立に深く関わっていたという点は興味深い。また、後期のフィギエの関心が科学の驚異から超自然的なものへと移行していったのも示唆的。つまり、わかりやすい新技術が普及していくと、観念的なことに注目するようになる。ようはスマホを支えるアーキテクチャがAI神話を産んでいるというのも昔からそうなのだなーということ。

84位

グリーンナイト

デヴィッド・ロウリー(A24)

https://transformer.co.jp/m/greenknight/

公開は2021年だが、2022年11月日本公開で配信は2023年から。トールキンオタクが「サー・ガウェインと緑の騎士」の叙事詩の話をしたがるのだが、近年のダークファンタジーブームをうけてA24というこれまたいま話題のプロダクションが制作。

83位

バビロン

デイミアン・チャゼル

https://www.imdb.com/title/tt10640346/

『セッション』と『ラ・ラ・ランド』の監督が撮った作品。フィッツジェラルド的テーマ。ハリウッドが定期的にやるメタハリウッド映画で、トーキー移行期だと『アーティスト』(2011)ぶりのテーマ。困ったことにお金のかかった普通の映画。

82位

フェイブルマンズ

スティーヴン・スピルバーグ

https://www.universalpictures.jp/micro/fabelmans

自伝的映画だけど、ものづくり映画でもあったので、『ヒューゴ』みたいなやつだと思ってたらぜんぜん違っててそこがよかった。クリエイターあるあるがたくさんつまっているなかにユダヤ人ファミリーという文化習慣がその背後にあって面白い。ユダヤ人文化表象作品としては、エンジニアものよりも金融ものが多いので、そこも差につながっていたか。

81位

Cœour Blanc

Jul

https://open.spotify.com/album/7rEzID1MsdhMXLvOVMf2h4?autoplay=true

フランスでは2010年代から中心的なラッパーの一人。2023年のチャートでもJulが3回ランクイン。というか、3枚アルバムだしてる。何者? 世界的に流行しているDrillのリズムに乗せて、子音や母音でたくみに遊びつつも、韻を踏んでいる単語と歌詞の内容がばっちりあっててやはりいまのフランスを代表するラッパー。

80位

「こころ」はどうやって壊れるのか ~最新「光遺伝学」と人間の脳の物語

カール・ダイセロス著、大田直子訳

https://amzn.to/3GWc1RH

光遺伝学という研究ジャンルがあり、関心があったので読んだ。基本的にはうつ病と認知症の患者の感情、ASD症例での社交の難しさといった現象を脳神経科学や光遺伝学研究成果で説明し直すなど、精神疾患について光遺伝学でわかっていることを示す。いまは科学ジャーナリズムでは文学表現が好まれないが第一線の研究者が驚くほど詩的な叙述をしている点で、興味深い。

79位

スピノザ

國分功一郎、岩波新書

https://amzn.to/3H4FMAf

岩波のプロジェクトの一環でたとはいえ、ものすごい高いクオリティの本。哲学者個人の新書としてかなり、よくまとまっていていわゆるクセジュ文庫に入っていてもおかしくないようなものだった。

78位

MOROHA V

MOROHA

MOROHAはある意味でほとんど変わり映えしないと思われているが、このアルバムはUKの楽曲編成がかなり変わった印象。というのも、あれだけうまいUKがまださらにギターがうまくなっているからだろう。また、アフロも毎回同じようなことを言っているはずなのに異なる印象を与える歌詞を作り続けられているのも見事。キャリア史上最高のアルバムだろう。

77位

『文藝』2023年春季号瀬戸夏子+水上文責任編集「批評」

河出書房新社

https://amzn.to/4aDoasN

短歌の歌人にして批評家の瀬戸夏子と批評家の水上文が責任編集の『文藝』は、自分ならこの人に声をかけてこういう文章を書いてもらうとかしないけど、こういうことが可能なのか、みたいなものが学びになった。しかし、江藤淳の評価がいまだにわからないので、このあたりが私が日本的批評ディシプリンの埒外にいるのだな、と再認識できた。

76位

ジャック・デリダとの交歓 パリの思索

浅利誠 

https://amzn.to/41VCTve

浅利誠といえば、ブルトンの研究者としてもともと知られていたが、次第に別の路線に行った。その背景にあったデリダのゼミへの出席の話が非常に興味深い。デリダの言いそうなことや、意外とこういうこといいうのかーというのがたくさんあってデリダクラスタ必携。

75位

百貨店の歴史 年表で見る夢と憧れの建築

PRINT&BUILD

https://printandbuild.square.site/product/-/5

造本そのもが百貨店で買えるもののようになっていて、それがよい。あと、意外に百貨店について網羅的に時系列比較して見ることができる本もないので資料としても貴重。

74位

幽☆遊☆白書

監督 月川翔 / ROBOT(プロダクション)

https://www.netflix.com/jp/title/81243969

冨樫的運動表現をそのまま実写化したらこうなるだろう、というアクションの工夫や、原作の再構成の巧みさに感動。いまどきの脚本にしてはどうなのと思う女性についての演出に思うところはなくはないが、シーズン2があればそこに期待。

73位

運動しても痩せないのはなぜか

ハーマン・ポンツァー 著、 小巻 靖子訳、草思社

https://amzn.to/4aQ9bMf

フィットネス文化では、食べた分だけ消費すればカロリーを帳消しできるという神話が存在している。しかし、人間の機構はそれほど単純ではない。人体に対するメタファーによる神秘化はいまだにあとを立たないことを教えてくれる一冊。

72位

君たちはどう生きるか

宮崎駿(スタジオジブリ)

https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/

大平晋也の火事のシークエンスなど、均質化された演出を好む宮崎駿には珍しい試みもさることながら、若い世代には徹底的に刺さる「友達をつくります」というセリフも良かった。ただし、作品内でつながりがとくにない展開や、自己作品の引用とわかりやすい参照などについても処理しきれていない感じはどうしても目立ってしまった。

71位

別れる決心

監督 パク・チャヌク

https://happinet-phantom.com/wakare-movie/

『お嬢さん」のパク・チャヌク監督。この映画より『お嬢さん」を観たほうがよいものの、本作は韓国ノワールとしてなかなか興味深い。簡単にいうと、移民で身売りした女性が夫を殺したのを追う刑事が、原発作業員の妻とのぎくしゃくとした関係から目をそらしているうちに、殺人を犯した移民の女性を好きになってしまうというもの。じりじりと人間関係が壊れるのを見たい人におすすめ。

70位

スーパーマリオブラザーズ・ムービー

監督 アーロン・ホーバス、 マイケル・イェレニック(イルミネーション、 任天堂、 ユニバーサル・ピクチャーズ、 Sky Studios)

https://www.nintendo.co.jp/smbmovie/index.html

3DCGアニメーションでマリオをやる、ということの挑戦は計り知れないが、イタリア系移民の葛藤パートから矢継ぎ早にキノコ王国に移動、そこからのビルドゥングスロマン、アクションパートの手に汗握る展開、ピーチ姫はマリオのステージを全部クリアしてたんかいといわんばかりの小道具演出など、考え抜かれていた。良質なアニメーション。

69位

海外マンガRADIO

原正人・ブックカフェ書肆喫茶mori店主森﨑(海外マンガch )

Youtubeチャンネル「海外マンガch / 原正人」で2023年になってから定期的に公開される動画シリーズ。毎回、世界のあらゆるところのマンガを紹介している。気になったのを調べると、いろんなマンガがあって楽しい。

68位

ザ・グローリー

監督アン・ギルホ/脚本キム・ウンスク

https://www.imdb.com/title/tt21344706/

今年も韓国ドラマも盛り上がったが、トレンドとしてはこれ。韓国では、ノワール・社会階級もの・いじめもの・民間宗教もの・復讐ものとあるが、総合したケースとしては一番よくできている。とはいえ、なんで絶対に恋愛しないといけないんだろ・・・。

67位

ONE PIECE

マット・オーウェンズ、スティーヴン・マエダ(トゥモロー・スタジオ、集英社)

https://www.netflix.com/jp/title/80107103

NetflixがONE PIECE実写化で絶対失敗すると思っていたらすごいよくできててびっくりした。ルフィ役の イニャキ・ゴドイはルフィそのものだし、千葉真一の息子・新田真剣佑がゾロを演じているというのも素晴らしい。ところどころ変にちゃちいのもいい味を出していた。とにかく、マンガでもアニメでもなく実写、ということをよく理解したうえで原作を解釈している点に好感が持てた。

66位

光の曠達

江永泉、米原将磨(TERECO)

ここでやってます。チャンネルを伸ばす気がない内容で、批評家の江永泉さんと私と米原が話続ける番組。目的はこちら(https://diontum.com/archives/633)。最近になって、「これって院生の雑談がそのまま研究会になってるパターンだよね」などと自己解決している。

https://youtube.com/playlist?list=PLqquazgWuPmZUDMr85Gfq_JoDhmzsmQKV&si=uLJesD2qslWzStY8

65位

PLUTO

監督 河口俊夫/ スタジオM2、ジェンコ

https://www.netflix.com/jp/title/81281344

原作マンガではかなり曖昧だったラストのバトルシーンが非常に詳しく描かれていたし、何よりゲジトの最初の方のアクションシーンなどアニメーションとしても見事だった。単なるアニメ化ではなく、挑戦的な表現も見られた。

64位

ダーウィン・ヤング

脚本 イ・ヒジュン、作曲 バク・チョンフィ、日本語版演出 末満健一

https://www.tohostage.com/darwin_young/

韓国ミュージカルレベル高いが感想。あんな王道文学ネタをミュージカルにしてるのがすごかった。ただ、ふだんミュージカル出てない人は演技面でも歌唱面でも、やはりなーと思った。なにより、動画で韓国版の演出を脳に入れた状態で日本のやつを見ると、ぶっちゃけノーコメントでもあった。要は、日本のミュージカルは文化は個々の良さはあるけど全体としての技術的洗練みたいなものは、韓国には及ばないんだな、という感想。

63位

悲劇・喜劇 7月号 特集 韓国演劇・ミュージカルの今

悲劇喜劇(早川書房)

https://amzn.to/3NPHysL

『悲劇喜劇』の「韓国演劇・ミュージカルの今」特集読んだけど、非常に良かった。一点疑問だったのが、「韓国カルチャーの成功は「設計されていない成功」―韓国文化政策の誤解を解く」で韓国の文化政策は過大評価、という張智盈(ジャン・ジヨン)の主張。予算とか法的整備だけの話になってるけど、そもそも文化政策ってそれだけの観点で語れるものではないだろう。日本のアイドルが成功してもたぶん国連で演説はしないし(BTSのあの映像はソウル歴史博物館で展示されているように国家的示威なのだ)、大統領がNetflixのCEOに挨拶しに行くことこそ、「文化政策」、つまりプロパガンダ的な真剣さであり、その点についてどう思っているのか知りたかった。

62位

ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE

クリストファー・マッカリー(スカイダンス・メディア、TCプロダクションズ)

https://missionimpossible.jp/

トム! とにかく「AIがよくないんだけど、アナログならいいよね」って神話がすごいあるなーと思いました。ここで話しました。

https://www.youtube.com/live/W2YH00sj5wU?si=NFDQ3Ky9M53B1Xg5

61位

ペイン・キラー 死に至る病

監督 ピーター・バーグ、原作・制作: マイカ・フィッツァーマン=ブルー、ノア・ハープスター

https://www.netflix.com/watch/81229684?trackId=255824129

主人公のアフリカ系行政の調査員が初代トゥームレイダーをプレイしているシーンが最高に面白かった。そこからもわかるように、90年代カルチャーが2010年代にかけてアメリカの根底をゆるがしているということがみてとれるような構成になっていて、オピオイド薬害の根の深さみたいなものを感じることができた。

60位

日本近世中期上方学芸史研究 漢籍の読書

稲田篤信

https://amzn.to/48kHrxj

近世中期上方学芸の隆盛は、戦後の世界文学の更新やアメリカ文化の影響下で戦後の文化が発展したように、明・清の漢籍が江戸時代の文化的背景を作ったことはよく知られた事実だが、それが実際にどのように読まれていたのかを丁寧に追っていった労作。とくに、原文からの引用が現代語に置き換えられて「趣旨」というかたちで読みやすく示されていたのが助かった。平賀中南『集義和書』に四民(士農工商)に儒者はどう位置づけられるのかという問について、蕃山は「儒者は四民の産業ではなく歴史を記録することが仕事なのだ」と諭したという話は考えさせるものがあった。

59位

ジャン=リュック・ナンシーの哲学

西山雄二・柿並良佑編、読書人

https://amzn.to/3vrb81i

ナンシーは、法政大学出版の哲学者読本シリーズに入っていないこともあり、2000年代生まれの哲学志望の若者にとってみれば、いまいち漠としている哲学者だろうが、この新書を読めばだいたいわかるので興味を持ったところを読めば良い。

58位

教養・読書・図書館

松井健人

https://amzn.to/48fkXhn

松井健人は2020年代を代表する論客になっていくだろう。教養主義の神秘化に対する徹底抗戦の一つとして、本書は人格陶冶の教養主義がいかに国家に利用されるか、そして、そうした理念を唱える人々がいかに危険かということをワイマール期ドイツからナチ期ドイツへの以降に焦点を定め明らかにしている。

57位

ウーマン・トーキング 私たちの選択

監督 サラ・ポーリー

https://womentalking-movie.jp/

サラ・ポーリーの抑制のきいた演出は素晴らしいし、ルーニー・マーラの演劇も見事。ベン・ウィショーの役柄もよい。『市民ケーン』を現代において女性でやるならどうするのか、というののお手本のような内容。メノナイトの生活の中でどのようにして決断するのかを描く。

56位

バービー

監督 グレタ・ガーウィグ

https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/

ここで全部話したけど、アメリカローカルな話だし、人間になるオチもローカルな文脈。ここで配信した。

https://www.youtube.com/live/rcdQPouGP2E?si=Rd2pcl5tYoEkycdy

55位

SHE SAID シー・セッド その名を暴け

監督 マリア・シュラーダー

https://www.imdb.com/title/tt11198810/

Netflixのドキュメンタリーでもハーヴェイ・ワインスタインの被害を描いた作品は数が多いが、『スポットライト』などで開発されたの演出技法が活用されていて、女性ふたりが主人公となっている。女性のキャリアのライフステージを物語の展開と重ねつつ、記者と被害女性の少しずつの歩み寄りを描いていく好作品。

54位

クレムリンの魔術師

ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌宏訳、白水社

https://amzn.to/47qFm1y

ロシア大統領補佐官をつとめたウラジスラフ・スルコフをモデルとしたヴァディム・バラノフの口を通じて、プーチンが大統領選挙にでる頃から大統領になったあとの政治までを描いたフランスの小説。ダ・エンポリは、フランスで政治エッセイストとして活躍しているとのこと。

53位

Music Map

GNOD

https://music-map.com

楽曲を機械学習して類似しているものを集めてくれるものはたくさんあったけど、これは本当に精度が高い。英語圏以外微妙だが、チャットモンチーと検索した時の「ああそう来るか」と思いつつも、同時代のロックサウンドには類似性が高いんだなといろいろ気付かされる。

52位

批評なんて呼ばれて

米原将磨

さやわか文化賞2023 批評賞を受賞。人生で初めて何かを受賞したのでむっちゃ嬉しい。基本的には2010年代前半を中心に、いわゆる「ゼロ年代批評」がどのように崩壊していったのかを当事者目線で語ったモキュメンタリーのようなもの。2024年6月に普及版『批評なんて呼ばれた』を出す予定。

51位

Hogwarz Legacy

監督 Alan Tew / シナリオ Moira Squier

https://www.hogwartslegacy.com/ja-jp

ホグワーツをテーマパーク化することで、『ハリー・ポッター』を知らない人にも間口を広げた。ストーリーもホグワーツの秘密を掘り下げる形になっている点が良かった。マルチエンディングにもなっている。ちなみに、現実の科学技術による生活の変化が進みすぎて、『ハリー・ポッター』の魔法が比較的に弱くなってしまったことが、最近の関連作品が過去にさかのぼるものになっていることの原因。

50位

メディア考古学とは何か?

ユッシ・パリッカ

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メディア考古学の流行は2010年代初頭からだったが、日本語でもようやく優れた概説書が読めるようになった。批評とかやりたい人はとりあえずこれを読んでおこう。

49位

Ice Spice

今年USシーンで一番目立ったラッパーはなんだかんだIce Spiceだろう。節をつけて歌うのではなく、リズムで区切って言葉をどんどんドロップするタイプのライミングはいまのUSシーンではかなり特徴的だ。アルバムの表紙のキッチュな身体表現も興味深い。

48位

社会派ミステリー・ブーム 日中大衆化社会と〈事件の物語〉

尹芷汐(イン・シセキ)

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どうして松本清張・水上勉・森村誠一といった社会派ミステリー小説が中国でブームになったのか、を丹念に調査していった一冊。当然、日本でそもそも社会派ミステリーとはどういうものだったのかというのもよくまとめられているので今後、この手のことを知りたい人が参照すべき基礎資料になったと思う。

47位

ユリイカと現代思想

青土社

今年の現代思想・ユリイカの特集はすごい良かった。感情史、トールキン、フィーメイルラップ、コペルニクス、平田篤胤、アグノロジーなど。正直、ここ5年ほどでもっとも面白い特集をずっと組んでいたと思う。ただし、浦沢直樹のPLUTOアニメ化、ワンピース実写化の成功などがあるなかで、そのあたりの王道エンタメの現在みたいな話を総体として把握する力は弱かった。

46位

図書の家選書 配信第1期開始

立東舎

https://note.com/toshonoie_note/n/n49142e78ac32

1950年代から1980年代のマンガ史のうち少女マンガについて人々のアクセスは極めて難しい。それに対して、再版活動をしているのが立東舎の「図書の家選書」だ。第一回配信は飛鳥幸子の主要作品だ。こうした取り組みによって少女マンガのイメージをどんどん刷新し、いつか岩下朋世をしのぐ研究をみたい。

45位

変革する文体

木村洋

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むっちゃ勉強になった。徳富蘇峰が文学史で過小評価されているというより、文学史において政治と文学の結びつきがこれまでの近代文学研究でこれほど軽視されていたのかということに驚いた。また、この本を読んで樋口一葉が雅文を織り交ぜた文章とはいえ、自然主義の影響下のテーマを描いていた戦略なども明確にされていて、非常に啓発された。

44位

ブッダという男

清水俊史、ちくま新書

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下田正弘『仏教とエクリチュール』くらいでしか本格的な初期仏教研究について知らなかったが、非常にコンパクトにまとまった研究成果で様々な点で啓発された。とくに、ブッダの五蘊と因果論が輪廻おいてどのように論証されているかについてこれほどわかりやすい解説は読んだことがない。後書きのアカデミック・ハラスメントの告発はいろいろ考えさせられた。というのも、私はデジタル・ヒューマニティーズの関係で下田先生の授業にも出たことがあるし、ハラスメントの件とは関係ない仏教研究者界隈の関係者と長時間会話したことがあるからだ。人はすべてについて毅然と対処することはできない。だからこそ、どのように振る舞うべきかを常に考えるべきなのだ。

43位

THE DAYS

監督 西浦正記・中田秀夫 / 脚本 増本淳

https://www.netflix.com/watch/81233755?source=35

福島原発への対応を綿密に描いたドラマシリーズ。ぶっちゃけVIVANTなんかより、ぜんぜん面白い。役所広司が吉田昌郎を演じているのだが、技術屋上がりの管理職みたいなものの説得力がすごい。日本のドラマで2023年一番面白かった。

42位

思潮社の叢書 lux poetica

思潮社

http://www.shichosha.co.jp/editor/item_3157.html

思潮社による新世代、というか私に近い世代を紹介する叢書が始まった。一通り読んだが、前衛表現もあり、これまでの世代をうまく解釈する表現もありで期待以上。若手の動向はこの選書を追っていけば大丈夫だと確信を得た。私は小川芙由(おがわあおい)『色えらび』をとくに好んでいる。「体温が/常にはみ出すものだってこと/気づいたことがないみたいだった」(「驟雨のひと」より)。

41位

Self Love

Avery Anna

https://www.youtube.com/watch?v=s7ibuVG9v_4

カントリー歌手でこのアプローチにはただただ驚いた。まず、歌詞の内容がカントリーへの批評になっている。カントリーはそもそもSelf Loveから広がって神と友人と酒を称えるものであるのだが、その構造を利用して、そもそも「何がSelf Loveだよ」とメタレベルで切り捨てていく。コード進行はカントリーっぽいのだが、普通に聞いてただのポップスにしか聞こえないようにしているのも素晴らしい。

40位

レーエンデ国物語

多崎礼 

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ゲースロの後で、トールキン的なことと、日本のファンタジー小説の文脈を真っ向から引き受ける作品が出てくるとは思わなかった。多崎礼についてはあまり知らなかったが、堂に入ったファンタジー的内容にたじろぎすらした。編集者の信頼も感じられる。

39位

BRUTUS No.997 GAME STYLEBOOK 2023

BRUTUS編集部

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ゲーム業界で一線で働く人の単ページインタビューは非常に読ませたし、現在のゲーム需要・受容を多角的に描いてみせた素晴らしい特集だった。何度も読み返したい。

38位

The Injustice of Place: Uncovering the Legacy of Poverty in America

Kathryn J. Edin、 H. Luke Shaefer、 Timothy J. Nelson

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一言で表すと、アメリカドリームの虚妄を暴く本。チアリーダーに選出されるさいの人種圧力といった非常に細かいところまで質的調査しつつ、主成分分析を用いた計量的アプローチによっていかに奴隷制後の格差が温存されたまま社会が発展していき、さらには階級が上のはずの白人が無理にコミュニティの格差を温存したままにしたがゆえに治安の悪化をもたらしているが、人間であるが故にその事実決して向き合わないといったことをたんたんと語っていく良書。これ、日本でもあると思う。

37位

Psychopath

Morgan Wade

https://open.spotify.com/track/1pxzWiOrRbpXQkk4n0HRs3?autoplay=true

カントリーなのに神の存在がゼロな感じで本当に良い。憂鬱な歌にもならないカントリー的な曲構成の中に「私たちがいる前に人生ってあったっけ?(Was there life before there was us?)」というかなりネガティブな歌詞を入れるのがかっこいい。

36位

母という呪縛 娘という牢獄

齊藤 彩

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俗にいう2018年に発生した滋賀県母バラバラ殺人事件の犯人へのインタビューと事件の背景をまとめた一冊。胸を抉られるルポルタージュだった。9年の浪人期間はまるまる2010年代だ。私と年齢も近いだろう。そして、その呪いの連鎖が戦後日本を生きた彼女の祖母の時代から続いていたという事実を知るにあたって、心胆寒からしめるには十分だ。

35位

歌舞伎座新開場十周年記念 鳳凰祭四月大歌舞伎より「連獅子」

尾上松緑・尾上左近

https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/801

連獅子の出来がよすぎてびっくりした。連獅子といえば最後の大ぶりだが、揃っているのは映像でしかなかったが、生で見れた。知り合いのプロパーによると、この出来は相当珍しいそうで、4回観たらしい。

34位

BLUE GIANT

監督 立川譲、音楽 上原ひろみ

https://bluegiant-movie.jp/

楽器を弾くライブシーンをアニメでどう表現するか、ということはこの10年リアリズムにおいて試されてきた。そのアプローチとはまったく違う可能性を見せてくれた。ただ、3DCG表現についてはそのテンションについていってはいなかった。しかし、最高のものを見せてくれたのには違いない。

33位

走泥社再考

京都国立美術館

https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2023/454.html

ここで話した(米原将磨のあやなし 2023年8月21日 レオ・レオニの彫刻から走泥社まで https://youtube.com/live/jDT4bsEe8FI?feature=share)。とはいえ、陶器についてほとんど知らない自分からするとあまりにも学びの多い展覧会だった。フィギア以前のフィギアへの情熱といった観点も今からすると言えるだろう。

32位

現代フランス哲学

渡名喜庸哲

https://amzn.to/47q7Ng7

良い意味でタイトル詐欺。現代フランスの哲学の哲学範囲がジャーナリズム方面、日本なら評論家や批評家と呼ばれるだろう人々にも着目しており、あまりにも優れた書となっている。

31位

マスクガール

キム・ヨンフン監督・脚本

https://www.netflix.com/watch/81516491?source=35

韓国的なVtuber表象はマスクを付けてネット上でダンスしてお金を稼ぐということになっているらしい。いうまでもなく、マスクをすること自体は韓国恋愛ドラマが明らかに顔のいい女性しか恋愛していないという事実に対する痛烈な皮肉である。さらには、彼女に恋をした男性が日本のアダルトアニメ好きのHENTAIで、日本のコンテンツが好き過ぎて怒りのさいに日本語を口走るオオタクだったというのもオタクカルチャーに対する皮肉がきいている。さらに、殺人の隠蔽を手伝った結果いろいろな流れで性交渉をしてしまうのだが、なんとその一回で子供ができてしまう。そこでむりやり韓国ドラマあるあるの生き別れ子供探し要素と刑務所サバイバルものが投下されるといったような感じ。あまりにも賢くて怖いドラマだった。

30位

「戦前」の正体 愛国と神話の日本近現代史 

辻田真佐憲

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新書を読むことの楽しさを思い出させてくれた一冊。「辻田真佐憲の国威発揚ウォッチ」の視聴者は、配信の内容が見事にまとめられていることに驚くし、まとめかたのうまさや構成の妙など、物書きにとって必要なことを教えてくれる一冊。

29位

Taylor Swift Eras Tour Movie

監督 サム・レンチ

https://towapictures.co.jp/taylor/

だいたいのアーティストは、アルバムを一枚出した後にツアーを始めて、ヒットソングをそこにまぜて、20曲ほどを演奏する。しかし、テイラー・スウィフトは、ツアーとツアーの間に再レコーディング含めて5枚のアルバムを出してしまった。そこで、約3時間にわたって、アルバムごとをEraと呼んで、ライブを一つの物語として構成するというものだった。そして、ほんとに3時間やってのけてしまうわけだが、映画からでもその卓越したライブ構成がうかがえるし、映像だけで相当に満足できる。近年、こうしたライブを映像作品にするものが流行っているが、その中でも出色の出来だと思う。

28位

日本エッセイ小史

酒井 順子

https://amzn.to/3RLJzHz

酒井順子こそ、推しも押されぬ名エッセイストだが、ついに彼女自身によるエッセイ史が書かれることになった。近年、小説もマンガも実録もの、エッセイ的なものが一世を風靡しているなかで、エッセイそのものがどういった歴史をたどってきたかを知るためにもまずは一読。

27位

Breaking Thermometer

Leyla McCalla

https://open.spotify.com/track/6Jx6VW69DwGav5Pb0jl7BU?autoplay=true

Leyla McCallaは、チェリストとしていまむっちゃ来てる人。ハイチ系をルーツをもつ彼女は、アメリカにおけるフランス的なルーツをすべて自分の音楽として落とし込んでいく。つまり、ケイジャン。そして、南部のバンジョーを用いたブルース。これらを自分の得意とするチェロの楽曲にまとめあげていく本作は出色の出来。語りや、同じ言葉のリフレイン、ブルースとは少し違う拍の入れ方など、アコースティックな未知の音楽を聴きたい人におすすめ。

26位

Blue Eye Samurai

監督 ジェーン・ウー /  原案 アンバー・ノイズミ、 マイケル・グリーン

https://www.netflix.com/watch/81144203?source=35

セルルック系の3DCGアニメーションがまた次のレベルに。演出技術も練られているが、文楽を用いた演出、時系列の操作、祭りの演出などどれをとってもすごい高いレベルのアクションだった。とくに、3DCGアニメーション表現が人形の操作でしかない、という点を利用した裸体表現、人体毀損表現など極めて巧緻なアニメーションだった。

25位

프릳츠(Fritz Coffee Company)

(주)프리츠(FRITZ CO.LTD.)

https://fritz.co.kr/

弘徳(コンドク)駅近くにある珈琲店。パン、スコーン、パイ、どれをとっても美味しく、コーヒーも非常にうまい。今年韓国で見つけたカフェの中で一番だった。コンセプトもよいし、お客さんの雰囲気もとても良い。ソウルに行った時はぜひ。

24位

アイドル

YOASOBI

https://www.youtube.com/watch?v=ZRtdQ81jPUQ

YOASOBIのサウンドは2010年代末から2020年代前半を作り出したが、この曲はそのすべてを総括する曲となっていた。転調も意味がないものではなく、ボカロ文化とエレクトロシーンの総決算的なもので、ラップする部分もK-POP的曲構成を参照するなど傑出していた。

23位

Yzerr(BAD HOP)と舐達麻を中心としたビーフ

とにかく平和が大事。この配信で90分話してます。

シラスの台地で時事語り#16 2023年12月号 https://shirasu.io/t/namaudon/c/tsuchiya/p/20231228142102

22位

宗教からアメリカ社会を知るための48章

上坂昇、明石書店

https://amzn.to/3tQoNyp

いまアメリカ文化を知る上で必携の書。アメリカの宗教といえば、すぐにキリスト教とユダヤ教のことを思いつくだろうが、政治に影響を与えるのはそれだけではなく、今の民主党政権の副大統領カマラ・ハリスはヒンズー教2世のバプティスト。多層的なアメリカ社会を知るうえで非常に重要。

21位

TRIGUN STAMPEED

武藤健司

https://trigun-anime.com/

最終話の3DCGアニメのシーンが必見。アクションシーン多彩なアクション、爆破シーンの解像度、線画アニメ表現の再解釈など、セルルック3DCGアニメーションの未来を感じさせるすごいアニメだった。

20位

戦争と劇場

小田中章浩、水声社

http://www.suiseisha.net/blog/?p=17963

日本ではこの手のことを研究しているの人はほぼいないので言及が少ないものの、戦後の日本でフランスの第一次世界大戦時の演劇についてこれだけ良質な研究書がでたのは初めてといってよい。戦争に演劇がどのように奉仕したのかや、敵国の演劇についてどのように語られていたのかまで細かく追っていて、最初にして最後の戦時中フランス演劇研究書であると思う。

19位

シャフトアニメと演出(ミザンセーヌ)の力

石岡良治

https://ch.nicovideo.jp/article/ar2173050

近年書かれたシャフト論で最も優れている。現在に至っても、アニメ好きの中でシャフト作品を愛する人が多いことから分かるように、シャフト言説は、実は新海や片渕を超えて、おそらくジブリに次いで多いだろう。そんな中でも、新房の経歴とアニメーション史を重ねつつ、彼の達成とシャフト的表現の系譜を作り上げたことを端的に説明している。

18位

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

ダニエル・クワン、 ダニエル・シャイナート

https://gaga.ne.jp/eeaao/

家族もの、確定申告、という小さな商店の日常ものをSF化したものとしてはここ一番の成功。ただし、このスキームってインターステラーが家族もの再解釈してたのと一緒で、それがアジア人家族表象の再解釈になっている点が興味深い。

17位

舞台リコリス・リコイル

舞台リコリス・リコイル製作委員会

https://lycoris-recoil.com/stage/

声優と背格好が似ている俳優がでる。みんな演技がうまい。完全オリジナルストーリーではなく、アニメのストーリーの演劇化だが、浅草観光編とか「それ必要だったか?」といった話がないので観ていてさくさく進んでいたのがよかった。脚本のほさかようはほんとすごいと思う。CARアクションもわりとよかった。ただ、「嬉しい嬉しい」と言いながら抱き上げてぐるぐる回るシーンはアニメのほうがよかった。カメラワークって魔法なんだなと思った。なお、真島さんは舞台版のほうがよかった。

16位

12 hugs

羊文学

https://open.spotify.com/album/1wNDOs0Zmqrm7dhgnneflC?autoplay=true

もともとまったく注目していなかったけど、このアルバムは女性バンドの2010年代の総括的な内容になっていると感じた。また、シューゲイザーの中にそれを集約していく手法が、Y2Kリバイバルの今日においては非常に効果的。という理屈はおいといて、聴いていて心地のいいロックサウンドは久しぶりだった。

15位

Soul Quake

Watson

https://linkco.re/RGsmH3tG

関西の都市周縁圏のhiphopアーティストの活躍が目立ったのが2023年だった。和歌山の7、徳島のWatson、高知のAMOといったように、関西でも大阪や神戸ではないローカルなアーティストの活躍が顕著な年だった。全員に共有しているのは、日本の若年層の圧倒的格差とドラックの普及状態の現状。飲酒より先にドラッグを使用している可能性もある。ただし、AMOのように福祉が成功し、社会に溶け込みながらも芸術活動を続けられるような人もでてきた。そんな中でも、最も出世頭なのはWatsonだろう。非常にユーモアのある歌詞やラップのアプローチを多様化するのを恐れない精力的な楽曲制作など、2023年もっとも活躍したラッパーだった。

14位

TWENTY SOMETHING

Alana Springsteen

https://open.spotify.com/track/5BfNa5WsnMWgRonhA8ywes?autoplay=true

Alana Springsteenは今年カントリーで最も輝いた新人だと思う。グラミー賞もとった Chris Stapletonが参加している”ghost in my guitar”の完成度もさることながら、(たぶん)別れた恋人に対して「あんたはカントリーソングにはふさわしくないよ」と歌い上げる”you don’t deserve a country song”のテンポの良さや、テイラー・スフィフトに捧げられた”taylor did”(そもそもタイトルも「22」へのオマージュだろう)、このランキングで常に紹介するカントリーと酒枠を代表する”cowboys and tequila”も入っている。

13位

革命と住宅

本田晃子(ゲンロン)

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価値観を変えるために読む本の一つ。フランスユートピア思想家が妄想した姿を苛烈に実現していったソ連建築家たちの姿を丹念に追って見せる傑作。建築に思想が宿るだけではなく、思想が建築的要請によっても修正されているのではないかと思われるようなアンビルドな計画な数々は、いまの建築計画に対しても生き生きとした視座を与えてくれる。

12位

励起 仁科芳雄と日本の現代物理学

伊藤憲二

https://amzn.to/3vmWech

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話題にあまりなっていないのが不自然なくらいの驚異的な一冊。仁科は自伝も書いていることがあって、科学好きの中では当然共有されているエピソードがあるものの、伝記やモノグラフいまいちのものが大きい。伊藤は仁科が日本の戦後のノーベル賞を獲得するな研究シーンをいかにしてつくり、それが20世紀の世界の科学を変えていってのかを仁科の研究だけではなく、仁科の活動していた環境を丁寧に追っていくことで明らかにした。日本の科学家のモノグラフにおいても現在時点の最高傑作。

11位

万物としての圏論

丸山善宏(青土社)

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世界中で待たれていた(ということに私の中でなっている)丸山善宏の単著。文理融合の極北はここにこそある。私は最初に彼の名前を知ったのは自分も参加した号の『アーギュメンツ』だったが、本格的なその議論を知ったのは『圏論の歩き方』「圏論的双対性の「論理」──圏論における抽象と捨象,あるいは不条理」で知った、圏論的双対性のアイディアだった。久しぶり脳に電撃が走るほどの衝撃を受けたのをよく覚えている。今後、私が期待してやまない研究者の1人だ。

10位

訂正可能性の哲学

東浩紀(ゲンロン)

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「批評」と現在呼ばれている、特定の界隈の文芸評論や哲学的エッセイのうち、戦後の最高傑作だと率直に思った。構成力、文章の練度のどれをとっても一流で、これ以上は不可能だと思わせる。これに影響を受けて今後も多くの書き手が出てくるだろうし、間口の広さからいってもしばらく参照され続けるだろう。私も哲学に関心を持っている人が面倒なビジネス自己啓発哲学書とか読みそうな時に「とりあえず訂正可能性の哲学とか読めばいいよ」ということがよくある。また、私はこれを読んで「否定神学」(東浩紀)ってようは訂正不可能性の政治学だな、と思ったが別の機会にまた語るかも。

9位

Medina By the Bay

 Maryam Kashani 

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いつからだろう?研究論文を読みやすくして、注釈をつけることが批評になり、すっかりそれ以外はどうでもいいと思ってしまったのは。シリコンヴァレーと呼ばれる地域に存在していたイスラーム共同体の歴史について、それが証言の再構成でしかないなゆえに、著者自らが映画監督であるという知見を活かし、脚本として表現して見せる。しかし、その用語の一つ一つの使用が読み進めるほどに理解できるようになっていくという仕組みになっている。イスラーム共同体の闘争史だけではなく、信じがたいほどに練られた一冊となっている。

8位

player’s player feat. KREVA

OZROSAURUS

https://music.youtube.com/watch?v=jAWqHA7h70s&feature=gws_kp_track

昔、喧嘩していたふたりが仲良くなったと思ったら、協力して歴史を作ったという盛り上がる一作。BACHLOGICはここのところの活躍が目覚ましいが、サウンド・プロデュースは彼が手掛けた。ラップの技術の一流を知りたい場合はこちらを聞くこと。

7位

名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)

監督 立川譲

https://www.youtube.com/playlist?list=PLmnMiSXtJEB0I_EoiyJP29OHgtokFhMx7

『名探偵コナン 黒鉄の魚影』みたけど、あまりにも素晴らしすぎて手が震えてしまった。コナン映画史上最もいい。思い出補正されている『世紀末の魔術師』すらはるかに超えてしまった。音楽に最初の時点でやられてしまった。いきなりハンス・ジマーとかアラン・シルヴェストリみたいな音楽がかかりだして、その時点で脳みそがやられてしまった。オタク的フェティッシュも全展開。ラブコメ三角形関係・NTR・百合すべてをクライマックスで詰めてきてて、神かと思った。脚本の櫻井武晴はすごいし、カット割りとかも本当に良くて、監督の立川譲もほんとによかった。パンフ読んだら、ラストシーンでキスを返すのは青山剛昌発案らしい。ですよね。そして、CGイラストは幸田和磨。「NieR:Automata」からコナン、すごい。

6位

長安三万里

監督 宋依依 / 脚本 红泥小火炉 (追光动画)

https://weibo.com/u/7799178350

『ナタ転生』(2021)のスタジオの作品。李白の友人である高適が老年の陣地内で作戦を進めようとする部下を諫めるために昔話をする、いうかたちで、李白との思い出語られていく。青年・壮年・老年にかけて徐々においていく二人のモデリングは見事だったし、中国でしか考えつかないような仙道修行の描写など見どころにつきない。とくに、「将進酒」の詩をとうとうと読み上げながら天空の菩薩たちのいる宮殿を飛び回るというシーンの構成力の高さが目立った。普通に泣かせるシーンもたくさんあった。

5位

ガーディアンオブギャラクシーvol. 3

監督・脚本 ジェームズ・ガン 

https://marvel.disney.co.jp/movie/gog-vol3

不振が続くマーヴェルシリーズの安定した作品。だらっとこういうのを見て、だらっとピザ食って帰るのがよい。真面目な話をすると、キャラクターの掘り下げと物語全体の展開が一致しているとか、細かいギャグ、性格をうまく反映した策略など、プロットが丁寧。また、未来技術がとにかく彩度が高いといった背景のわかりやすい表現とかも勉強になる。

4位

ライブステージぼっち・ざ・ろっく

脚本・演出 山崎 彬

https://bocchi.rocks/stage/

山崎彬による、イマジナリーフレンドが次第に実際の登場人物になっていく演出(父親を女性が演じるという点で露骨)、守乃もりの怪演、キャスト全員の演奏技術力の高さといい、欠点のつけがたい演劇だった。しかも、実際の演奏ではライブステージセットに本物のアンプやエフェクターがついていて、会場での音圧もすごかった。

3位

窓際のトットちゃん

監督 八鍬新之介

https://tottochan-movie.jp/

『窓際のトットちゃん』は名作エッセイなので、なにがどう評判になっていたか理解できなかったが、歴史再現の細かさ(最初の大本営発表と2回目の発表の表現差、服装、看板、おもちゃなど)や人物の動作、ライティング、アニメーションでの空想表現など傑出していたため、鑑賞して納得。今後も参照され続けるアニメーションだろう。

2位

레드북(レッドブック)と마리 퀴리(マリー・キュリー)など、代表的な韓国オリジナルミュージカルの再演

레드북(レッドブック)は플레이더상상(プロダクション名)、마리 퀴리(マリー・キュリー)は라이브・우리별이야기(プロダクション名)

https://www.themusical.co.kr/Musical/Detail?num=3134

2つともここ数年の韓国オリジナルミュージカルー牽引している代表的な作品が再演となっていた。레드북(レッドブック)は2018年初演で、2023年に再演だった。ネット上で気合で見た。主人公の設定、女性だけの文芸サークルがヴィクトリア朝にあったなどストーリーの豊かさなど現代韓国とたくみにダブらせていて感服。ヒットナンバー「사랑은 마치」(愛はまるで)は、ここ数年のグローバルなミュージカルシーンでも非常に印象に残る曲。박진주(パク・チンジュ)のバージョンがお気に入り。ここで生演奏での歌唱を見ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=PO5T8yBJJd8

また、마리 퀴리(マリー・キュリー)は現地で再演を見た。ストーリーのわかりやすさと展開されるメッセージの複雑さのメリハリ、圧倒的な歌唱力、演出の完成度。どれをとっても2023年最高のミュージカルだった。

1位

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース

監督 ホアキン・ドス・サントス、 ジャスティン・K・トンプソン、 ケンプ・パワーズ(ソニー・ピクチャーズ モーション ピクチャー グループ)

https://www.sonypictures.jp/he/11022640

前作では、別のユニバースのスパイダーマンのコマ数が少なく描かれるといった狂気じみた作品を見せてくれたこのシリーズだが、今回はそれ以上の傑作だった。一般的に、3DCGアニメーションでは、画面をリアリズムに寄せていく、つまり立体空間での表現を前提にしようとするが、原作がアメコミであるということもあり、どうやってアメコミっぽさを3DCGでやろうとしているのか、という試みの結果、これまでにないアニメーションを見らてくれた。ここでの表現によって、Pixerとは別の可能性を拡張し、一つの完成を達成したと評価することができるだろう。また、ニューヨークの建物の高低差を利用したレイアウトによってささやかな会話のシーンの色調の構成、ライティングなども緻密に設計されている。何度も見返して配信でコマ送りして分析したくなる最高の作品。

カテゴリー
佐藤正尚 南礀中題 米原将磨

今後の予定について

今後の仕事の計画がおおよそ決まって来たので、以下で紹介する。というのも、私は動画配信以外の手法で、オンライン上で積極的に意見を述べることや文章を発表することが極端に少ないので、どのような仕事をしているのかを第三者からみて可視化できるようにするためだ。このサイトを作った当時、二週間ほどはデイリーで更新していたが、いまのメインの仕事の都合で書く仕事に時間を費やすよりかは読む仕事に時間を使うため、文章を書かなくなってしまった。また、私は書く時間があれば書きはするものの、それよりかはずっとおしゃべりな人間なので、配信のためにスライドをまとめる程度のほうが向いている。

私は結果として発表もされない文章を年間で10万字程度は常に書いているが、そのほとんどは調べ物の書き抜きやメモをまとめていくものだ。ある一つの仮説を抱いて文章を書き出すととにかく調べたくなってしまって書けなくなってしまう。また、実力も伴っていないし、業界は優れた書き手だらけなので仕事の依頼もない。とはいえ、配信のたびに批評について何か言っているやつとしての体面を保つ以上は、どんなことをしているのかをお見せしつつ、計画的な事業の中で自分の書く仕事を位置づけていることをここに表明し、「口だけクソやろう」だとか「態度だけでかいやつ」という汚名を返上しておきたい(直接言われたことはないが、だいたいそんなふうに見られているだろう)。ちなみに、これらのほとんどは2015年から足かけ8年程度で蓄積したものを再整理しているものなので、いきなり無からつくるわけではない。いわば、いったん継続的な仕事を一区切りするものがほとんどとなる。

では、以下に、2026年までの計画について、研究者(佐藤正尚)としての仕事と、批評家(米原将磨)としての仕事で分けて、整理したものをご提示する。各年月は公開予定の時期を意味している。

佐藤正尚としての仕事

2024年4月 アルフォンソ・アレとパヴロフスキーの系譜学的な読解についての論文。Julien Schuhの象徴主義におけるセナークル論とDevin Griffithsの科学アナロジー論を統合し、作品分析をするもの。

2024年5月 19世紀末から20世紀初頭のフランスにおける科学と哲学における原子論、および創作における原子表象の差異についての論文。

2024年9月 スピリチュアリスムにおけるUnité概念と反知性(l’anti-intelligence)の同時代受容における同質性についての論文。

2024年10月 ガストン・ド・パヴロフスキー『額の中の皺』のユーモア表現についての論文。ただし、必要な資料の一部について、フランスに資料閲覧を行く必要があり、渡仏できない場合はこの論文については発表できない。

2025年3月 余裕があれば、パヴロフスキーにおけるユーモア概念の変遷および戦時下におけるユーモアの意義を問う論文。

2025年6月 デジタル・ヒューマニティーズと批評理論を統合する理論的枠組みをする論文。査読誌はおそらく『言語態』。

2025年10月 博士論文「ガストン・ド・パヴロフスキーの思想の全体像の解明」を機関に提出。口頭審査後、一般公開。

2026年5月 出版社がとくに決まらない場合、自社であるフヒトベ(下記を参照のこと)から僅少部数(500部程度?)で博論を一般向けにして出版予定。題名は未定。

米原将磨としての仕事

2024年1月 メディア事業者である合同会社フヒトベを登記。事業内容はYoutubeチャンネルTERECOの運営、年刊雑誌『そらみつ』の発刊、不定期更新オンライン文芸誌『うまこり』の運営。

2024年2月末ないし3月中旬 不定期更新オンライン文芸誌『うまこり』をローンチ。美しい織物、すなわちテクストを意味することから。基本は有料サイト。無料記事、一部無料記事もある。すでに連載は1つが確定、2つが仮内定している。

2024年6月 『批評なんて呼ばれて』の普及版『批評なんて呼ばれた』をフヒトベより刊行。手紙形式ではなく一人称形式にし、構成も一部見直す。

2024年12月 雑誌『そらみつ』の創刊。タイトルは音感が好きなためで意味はとくにない。できれば文フリで売りたい。

2025年4月 タイトル未定の批評文化論についての本をフヒトベより刊行。『批評なんて呼ばれた』は2010年代の個人的な回想だったのに対して、こちらは1980年代から2010年代にかけての批評史をインターネットインフラの発展やソフトウェアエンジニアリングの技術変遷などを踏まえつつ、ジャーナリスティックな手法でまとめる予定。刊行が間に合わない場合、『うまこり』などで連載予定。

2025年8月 合同会社イースニッドよりADV PCゲーム「アイリス・オデッセイ第一作 『パンドラの少女』 」を発表予定。米原はプロデューサー、ナラティブデザイナー、演出効果で参加。ゲームはsteamで販売予定。

2026年4月 フヒトベより、音楽批評集『恋は二度死ぬ、あるいは死なない』を刊行。『うまこり』で個別に販売することも考えている。現在予定してる目次は以下の通り。

  • 恋は二度死ぬ、あるいは死なない ― aikoについて
  • リズムの哲学者 ― 山下Topo洋平について
  • 世界が終わるほどのロック ― チャットモンチーの世紀末的感性について
  • 踏むのは手続きと韻だけ ― 短歌とラップについて
  • 最初から最後の恋 ― 宇多田ヒカルについて
  • ミス・アメリカーナの肖像 ― テイラー・スウィフトについて
  • アイロニーのアメリカ人 ― エミネムについて

2026年6月 小説『負債の星』をフヒトベから刊行。経済批評の実践として債券・仮想通貨・人工衛星をテーマに小説を刊行。

2026年12月 アニメ批評集を刊行。「声と死と」・「シャフ度の系譜学」といった米原初期の批評を完全にリバイズ。その他、3DCGアニメ論、ミュージカルアニメ論を執筆する予定。

以上である。こう書いてみると、体調が崩れると一瞬で破綻するので健康に気をつけたい。では、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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電子版『批評なんて呼ばれて』の販売について

この記事で、8月末までに電子版『批評なんて呼ばれて』の販売を宣言していたが、他の課題を有せする必要があり、追加の後書きを仕上げた段階から動けていない。もう少々お待ちいただきたい。

PDFくらいはなんとか早めに作ってしまいたいが、B5サイズのままでいいのか、など考えてしまったが、いったんそれでやるしかないで、700-800円程度でB5サイズのPDF電子版を売ろうと思う。実際、この手のほんの読者の中には、紙で印刷する用途があるそうなので、それに対応したい。とはいえ、だとするとA4版もセット販売してしまうべきでは・・・、というのは悩ましいが、Indesignに相談してみる。

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MAC OS ver. OBSでZOOMの音声を配信にのせる方法

環境(2023年8月現在)
  • MacBook Air M1, 2020, メモリ 16 G, Ventura 13.4
  • ZOOM バージョン5.14.10
  • LadioCast バージョン000013000
  • Blackhole バージョン 0.4.1
手順

このサイトを見て、LadioCast とBlackholeを揃える。なお、Blackholeを無料で公式からDLする方法はよく知らない。ただ、無料で使用するのはおかしいので支払いをすべきだろう。Stripe経由での支払いなので、クレジットカード入力しても情報が盗まれる可能性は低い。

このサイトでも、設定が公開されているので各自参考すると良いが、このサイトはOBSの設定が掲載されていないので私はLadioCast とBlackholeの設定に加えてOBSの設定も示す。

LadioCastの設定

LadioCastの設定

ZOOMの設定

ZOOMの設定

OBSの設定

「My Microphone」には、自分が使用しているマイクを設定する。「ZOOMキャプチャ」には、Blackholeを設定する。それによって、ZOOMの参加者の声をOBSに出力しつつ、自分の声も入力できる。OBSのモニターをオフにすれば、自分の声のフィードバックも聞こえずにすむ。

いろいろ検索してもこれというのがヒットしなかったので、書いた。

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みんなTwitterでものを考えすぎだと思う

この記事で書いた通り、私はTwitterに人々が信じるような価値があったのはそもそもわずかな期間でしかなく、それは規模の拡張のために失われていったと書いた。多かれ少なかれ、人々の集いの場とはそういうものである。少人数の集まりに感じられた豊かさは、無料や使いやすによってその豊かさだけを欲する人を自然に呼び寄せる。そして、それに対応するために、集いの場を色々な方法で改善しようと努力する。その結果、元の場所はなくなり、同じ名前の別の場になっていく。あるいは、別の名前の同じ場所になっていく。こうした場合、最初の頃からいた人は、みんなこんなふうに言う。「この場所の良さは、最初の頃にあった、あの性質なのだ」。しかし、それはもう存在しないし、そこまでいうなら、場を維持する努力を具体的な形でしてこなかったではないか、としか反論されないだろう。

他にも、2010年代後半のTwitterに公共性があるといっている人がいた。私にはほとんど理解できない。公共性があるということは現実に近くなるということであり、そんなものであるくらいならむしろ現実でいいのでないのだろうか。逆にいうと、そんなにもTwitterだけが現実になってしまうような世界で私は生きてこなかった。Twitterに公共性があるという主張をする人たちが正しいかどうかにももはや関心はなく、Twitterに本当に世界があると思っている人への心配のほうがつのる。

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さやわか文化賞2023批評賞受賞にあたって

受賞への感謝と『批評なんて呼ばれて』について

批評家・物語評論家のさやわかさんによって、「さやわか文化賞」が創設され、「さやわか文化賞2023」の発表が、2023年8月2日(水)から2023年8月3日(木)にかけて配信された。配信の様子は以下で閲覧することができる(アカウント作成および購入が必要)。

ついに発表!「さやわか文化賞2023」!!!https://shirasu.io/t/someru/c/someru/p/20230802205243

応募総数は36件あり、全てに対して真摯な選評が開示されるという、おそらく日本では類を見ない賞となった。大賞は安川徳寛『もしかして、ヒューヒュー』(映画)、さやわか賞(副賞)は池田暁子『池田暁子の必要十分料理』(マンガ)だった。その他、ニーツオルグ賞・批評賞・物語賞・紙媒体賞・物理物件賞で、それぞれの受賞者がいた。

私はこの賞に楽曲(diontum名義 EP『酒と珈琲』」https://dinotum.bandcamp.com/album/–2)とそれについての批評、そして、『批評なんて呼ばれて』を応募した。そして、大変名誉なことに、『批評なんて呼ばれて』に対して、神山六人さんという、カルチャーお白洲では有名な大変素晴らしい書き手の方と並んで、批評賞を授けていただいた。お読みいただいた皆様、また、こうした場を授けていただいたさやわかさんに改めて感謝の気持ちを示したい。なお、現在、『批評なんて呼ばれて』は紙版が絶版のため、電子版を刊行したい。8月末までにはPDFの用意をし、間に合えばepubでも用意したい。普及版として紙版も刊行したいが、予算の都合もあり、いつになるかは不明だ。

受賞にあたっての選評と受賞の言葉

『批評なんて呼ばれて』に対するさやわかさんによる選評は次の通りだった。

これは、よくできた論考だと思います。造本もすこくいいです。いいんですが、非常に僕の立場からは賞賛しにくい本でもある。なせなら、これは僕のやった仕事について書かれているからですね。照れというのもあるし、これを褒めると自画自賛みたいになってもしまう。俺の言ったことがわかったんだなよしよしと偉そうに思っているようにも見えてしまう。だからなんだか褒めにくいんですが、そういうものを褒めないところが僕のよくないところだとメタレベルをひとつ上げた悩ましさも自覚しています。厳しい言い方かもしれませんが気になるのはこの本が対話形式になっていることについてで、そういう形式でやることをちょっとナルシスティックに思えてしまったのですが、先を読み進めるとそれについては作者自身が第二版のあとがきで言及していました。いわば作者は「恥ずかしいのはわかってる、わかってるんだ」と言い募っていらっしゃるわけです。ただ、作者がこの書き方を必要としたのも事実な訳で、それを乗り越えなけれは書き始めることができないことって、ありますよね。僕は老人なのでわかるのですが、特に若いうちは、あります。だから、これはある種のハッピーバーステーな一冊であり、そしてこの作者は(自身が書かれているとおり)ここから始まるのでしょう。そういう意味では、この次のものを確実に書くのがいいと思います。大事なのはこのあとがきをもひとつの自己愛に回収せず、書き続けることかなと思いました。次が楽しみです。

さやわかさんの番組視聴者の層はとても広く、カルチャーお白洲のおたよりの投稿は常にレベルが高く、商業デビューしている人々が当たり前のように視聴しているこの番組の文化賞はかなりレベルが高いことが想定されたので、正直なところ、『批評なんて呼ばれて』が受賞することは難しいと考えていた。また、拙著はある問題点を抱えていて、それも受賞をしない理由になるだろうと考えていた。

さやわかさんが指摘しているように、まずさやわかさん自身をかなり肯定的に書いてしまっている本であり、なにかの理論的な乗り越えをしようとはしていないので、さやわかさんにとって、この本を肯定的に論評する時点である種の自分褒めになってしまう側面がある点だ。次に、拙著は手紙という対話形式をとり、最終的に奇妙な和解をする二人を登場させることでナルシシズムの体裁をとっている点だ。しかし、「作者がこの書き方を必要としたのも事実な訳で、それを乗り越えなけれは書き始めることができないことって、ありますよね。僕は老人なのでわかるのですが、特に若いうちは、あります」と評していただいた通り、私にとっては、批評のリハビリをしていた執筆当時、自分で書いた文章をそのまま批判し、その批判にさらに応じていくといった書き方、つまりは自分自身につきあってあげる、という「自己愛」を通じてしか本の完成は叶わなかったのだ。2022年に『ユリイカ』の今井哲也特集(http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3741)には「世界はおもちゃ箱 今井哲也について」という批評を寄せたものの、私の中ではまだうまく批評を書くことができず、編集の方には大変な迷惑をかけてしまった。その中で平行して、毎月1万字近く書きながらお白洲のおたよりを書いていた。『批評なんて呼ばれて』の原型はそんなふうにして作られた。

2010年代後半に批評から撤退した時期がなければ、本来、こうした本は5、6年前に書いておくべきだったのだろう。しかしそれでも、選評で言われているように、この本がもしも若さを保っているなら、私がまだ20代の半ばだったときに書いておくべきだったことを、おそらく当時よりもうまく感情を操作することで、必要なことを的確に表現できていたとも思える。それはそれで、歳を重ねたのにも意味があったのかもしれない。とはいえ、この選評にもある通り、これは若書きであり、人生の中で1回しか放てない弾丸なのだ。しかし、出し惜しみする理由はない。「出し惜しまず溜めなし紡ぐたびクラシック」と、自分で「Водка」(https://dinotum.bandcamp.com/track/–3)に書きつけた通り、いまこの瞬間使えるものはすべて使いきるつもりだ。だからこそ、次の本を書かなければこの本に価値はほとんどないと言っていいだろうし、私は、66部が人々の手に渡っているなかで、その読者に対する責任を負っている。そして、次の本が最初の本の読み手から評価されたときに、この本はほんとうの意味で価値のあるものとなるだろう。

ところで、私はもう一つの責任を負っている。さやわか文化賞は今年から始まった。今回の大賞とさやわか賞(副賞)はいずれも商業作品で、選評を読んだ限り、実際に読み、あるいは鑑賞してはいないものの、時代的なコンテクストの中で戦略を練って作られた優れた作品だと思われる。また、大賞・さやわか賞に限らず、ニーツオルグ賞・批評賞・物語賞・紙媒体賞・物理物件賞の受賞者たちの作品はそれぞれ力作ぞろいだった。それが故に、それぞれ活動を継続して他の場所でも成果を出すことができなければ、さやわか文化賞自体が単なる内輪ネタで終わってしまうのだ。それは、ひとりの受賞者としてまったく本意ではない。内輪ネタに終わらないようにするためには、さやわか文化賞に応募したことによって発生する責任を引き受けるほかない。私にとってそれは、自己愛を脱する活動にほかならない。

結果として、『批評なんて呼ばれて』刊行以後、私は他の人を巻き込んだかたちでの活動を開始している。その一つが『闇の自己啓発』という書籍で有名な江永泉さんと月一度配信している「光の曠達」(https://youtube.com/playlist?list=PLqquazgWuPmZUDMr85Gfq_JoDhmzsmQKV)である。江永さんの活躍の場をつくることが目的だが、私と江永さんは意見がおおよそ異なっており、自己の対話とは違って甘えることはできないので、毎月研鑽している。また、2010年代同人誌批評シーンについて、当事者にインタビューするという企画を動かしている。第1回はすでに収録を終え、現在書き起こしをしているところだ。これとは別に、ある方の著作の準備の手伝いを始めている。この本は、サブカルチャー批評で外すことのできない本になるだろうという確信があるが、詳細はまた今度、公表したい。いずれにせよ、私はもう自分と話をすることをやめることができるようになった。そうして、私自身の著作として、『批評なんて呼ばれて』で予告した『Javascpritから遠く離れて』を書き始めている。この本は『批評なんて呼ばれて』で取り上げたさやわかさんの活動ではなく、そこで言及することを避けてしまった、さやわかさんの批評そのものと本格的に対決することになる。また、一時代を画した、私の人生で大きな影響を与えた人物について論じたい。その人は、東浩紀という。なので、仮題として以下を示す。『JavaScpritから遠く離れて――東浩紀について』。このままのタイトルになるか私にはまだ分からないが、おおよそこのタイトルのような本になるだろう。

以上をもって受賞の言葉に代えさせていただます。