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佐藤正尚 南礀中題

12/28

歯医者に午前中に行く。帰り道に平日であることに思い至り、神保町の田村書店に直行。仏語書籍6000円くらい分買っていつも通り店の方といろいろ雑談。

哲学の女王たちを読んでボーヴォワールについてにわかに好奇心が湧いていたので、第二の性を買った。また、サルトルについてもバトラーを読んでまったく印象が変わり、エリー・デュリングも言及していた存在と無ぐらい読んでおくか、とそれも手にとった。あと、Worms注釈版の物質と記憶、セールのヴェルヌ論を買った。ボーヴォワールを若い男性が珍しいらしく「今時読まないのにえらいねー、コーヒー代」といってお釣りを200円増やしてくれた。

午後17:00過ぎに実家に帰省。酒を飲み出して、最後にボトルの赤ワインを1時間くらいで空けてしまい、気がつくとベッドの上で倒れていた。飲み過ぎである。

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12/27

高山は、日本で唯一郡代の陣屋が残っている。天領たる高山の郡代は広大な屋敷を持ち、歴代の行政を司る郡代の住む屋敷と行政を支える事務作業する役人たちの作業部屋がある。この陣屋は、驚くべきことに昭和44年まで県事務所として使用されていたそうだ。最初の東京オリンピックの頃にはまだ現役の役所だったということだ。

陣屋でもう一つ興味深かったのは、いわゆる悪代官に対する百姓一揆を非常に評価した展示構成をしていた点である。天領であることから検地をかなり徹底的にやろうとし、重税が予想された百姓が一揆を行ったり幕府に直訴して二万人近くが処分されたこともあったそうだ。一番ひどい一揆の時の記録は当時の農民が書いた『夢物語』という本があり、端正な字で綴られたおそらく現物が展示されていた。この本を見るまで、私はかつて中江藤樹が主に農民を相手に思想を説いていた理由がよくわからなかったのだが、この本を見て彼がなぜそういった活動をしていたのがよくわかった。俳諧でも武士・商人・農民が入り混じっていたそうだが、中江の話を面白がる人や真剣に聞く人は私たちが想像していたよりも遥かに多かったのだろう。

陣屋を後にして、日枝神社に入った。雪降りしきるなかでこんなところに行く人はいないらしく、階段に積もった雪は柔らかかった。神社の関係者が理数系らしく、計算錯覚学を推していた。本殿を拝んでから絵馬をなんともなしに眺めていると、にじさんじのキャラを応援しながら「日本が日本を貶めたり害したりする輩」という強烈な文章書いてあるものを見つけてしまった。絵馬に独白する国士のいる町について考え込んでしまった。

帰りは名古屋に寄り、蓬莱軒でひつまぶしを食した。大変おいしかった。近所にブックオフがあったのでこの地域の古本事情を調査。トーマの心臓の文庫本が100円程度だったので購入して新幹線から読み出したが、化け物のような漫画のうまさで驚いた。

家についてうまく寝れず、午前3時頃に就寝。

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12/26

朝7時頃に起きて、朝風呂。

吹雪の中の村

シャトルバスがなんとか運行していたので城址に行き、撮影。勇壮たる白川郷の雪。

地元では大したことのない雪の様子

歩いた先のカフェでゆったりとしていると、ブラタモリの白川郷のエピソードを繰り返し流していた。白川郷は横ずれの牛首断層が生じた折、庄川の流れが断ち切られ、流れにくくなったことで蛇行が起きやすくなり、大地が侵食されて平野になったそうだ。四方を峻岳に囲まれた平野が広がるコントラストが明媚な景色は、古来から人を惹きつけていたらしく、和銅年間の頃には人が住んでいたそうで、それより前からこの土地はこのあたりに住んでいる人間にとっては知られていたのかもしれない。

白川郷を昼前に立って、高山へ。高山に着いてすぐ、宿に荷物を預けて飛騨一ノ宮駅の水無神社へ。一之宮めぐりがてら、ここまできてみたが、雪景色の社殿は美麗かつ、人の姿も感じず、まったく蕭然たり。明治時代の戦役記念碑もあり、近代史的にも楽しめた。

人の匂いのしない社殿
戦役碑
見切れているが、明治37年の銘

帰ってからは宿の横の味の与一にてしこたま飲み、宿で提供されていた日本酒も飲み、酩酊。寝た。

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12/25

アドベントカレンダーを前からやってみたくて、自分はひとまず日記にした。色々なコンテンツについて気兼ねなく触れることができたのでひとまず継続して良かった。短くても文章を書く訓練になり、そちらについても少しは普段の出来が改善したと思う。

日が昇る前の3:00過ぎに起きて、旅の準備。5:00過ぎの電車に乗り、6:15発金沢行きかがやきに乗車。目的地はさらにバスを乗り換えた先の白川郷だ。

新幹線の中でさやわか氏に啓発されて、ベストハンドレットをまとめようとしたが、ストレンジの国家と市場が思いの外面白くて読み進めてしまったのと、朝早すぎたので普通に寝てしまい、とくにこれといって作業は出来なかった。

近江町市場で寿司。青果売り場横の流行りの店。10貫おまかせ握り。烏賊にわずかのぬめりがあり、舌をくすぐる食感が心地よかった。所要を済ませ、白川郷行きのバスに乗った。またうたた寝をするといつのまにか山の中で、雪化粧。

村は先週の寒波で残雪が屋根にちらついていたが、期待していたほどには雪化粧ではなく、歩きやすかった。

残雪と柿の木

散策して、まず神田家に入る。

神田家の囲炉裏

薪の爆ぜる音が心地よい。暖炉と違って煙突はない。簀状の穴を床に造ることで煙を屋根まで送って排気するそうだ。煤よけの屋根が囲炉裏の直上にあり、経年の漆黒を印象づける。

囲炉裏の屋根

階段を上がって中二階に辿り着くと、根曲がりの木を用いた梁が目立つ。他にも、屋根の方の木材は先端が細く作って設置面に少し隙間を持たせている。現在も、鉄橋や高速道路の負荷分散で用いられている技術だそうで、曲がっている部分の先端で遊びをつくって揺れに長く耐えられるものになるそうだ。

根曲がりの木材の梁

神田家を出て遅めの昼食。熱燗と蕎麦、炊き込みご飯。蕎麦はぽろぽろとして美味しくなかったが、蕎麦の出汁と炊き込みご飯は信じられないくらい美味かった。熱燗もほどよく甘く、飲むたびに体の芯から温まった。

昼食後、和田家へ。出雲大社の札のある神棚と、見事な如来像のある仏壇に挟まれて、老境の裕仁と良子、壮年の明仁と美智子、若き日まだ独り身だった徳仁と、皇族の皆が集まって、遊んでいる子どもたちを眺めている写真が飾られていた。写真は、菊の御門の入った額装だった。和田家は大きすぎるので建物の構造は、素人目には神田家のような狭い家の方が把握しやすい。そのかわり、19世紀初頭の漆器類の展示が白眉であり、在りし日の白川郷の華やかさを伝えていた。また、ここに置かれていた資料集で、人の手入れの入っていない合掌造りの家がどうなるかを知ることができた。屋根の重さに耐えられなくなったかのように、柱部分から根本から折れたかのようにひしゃげていた。

午後3時過ぎに宿、結の荘に向かう。コロナ直前にやはりオリンピックでのインバウンド需要にあたってオープンした宿。何人か外国人の姿も見えた。夜にちらついた雪をながめながら温泉につかる。露天は2種類あって、矢止垣と屋根の隙間から雪が見えるものと、湯船に腰掛けられる椅子があり湯に浸かりながら、横に細長い採光穴の向こうに、宿の明かりでわずかに照らされた庄川がこんこんと流れていた。その後、宿では気を抜いてしまい4合とビールを一瓶飲んでいた。

晩御飯も豪勢だった。堪能してすぐに就寝。いい1日だった。

合掌造りの料理箱
蓋を開けた様子
白海老かき揚げ丼

アドベントカレンダーをクリアしたが、もう少し続けたい。

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12/24

昨日は、24:00過ぎまで仕事をして、しかも終わらなかった。うんざりした。

印刷できる仕事場という名のドトールで作業。客との打ち合わせ後、終業。

駒場で本の延長と、歓迎会参加。明日朝が早いので早々に帰宅。

本棚の片付けをしながら、国威発揚ウォッチの君が代の特集を試聴。Topo演奏のケーナ独奏の海ゆかばに感銘。

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12/23

昨夜の書棚整理がなかなか終わらず、2:00くらいまで起きてしまった。書棚に当たり前に台所を1時間以上掃除してしまっていたのが原因と、文庫本を一つの棚に集める、ということをやっていたためだ。文庫本だけで本棚を1つ埋めるのが難しく、たんこうぼんがまだのこっている。

今日も出先で作業。夜の会議前に抜けて、スタバでカプチーノとグラノーラを晩御飯として済ませる。

大変疲れた。仕事が終わり次第、就寝。

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12/22

ひどい夢を見た。どこかでバスに乗っていて、窓から外を覗いて、後ろを振り返るとミッション・インポッシブルのフォールアウトで出てきたスラブ系の顔立ちの殺し屋が歩いているのに気づいた。そのあと、バスを降りて、私は知り合いらしい日本人の殺し屋に話しかけられると、その日本人がスラブ人と突然殺し合いを始めた。しばらくやりあううちにガレージのようなところで戦いが始まると、刃渡りの短い幅広の刀で日本人が一方的に刺し殺そうとしたが、ほどなくスラブ人の蹴りで刀が吹っ飛んだ。私はなぜかそばでずっと見ていると、スラブ人がその刀を私に投げ飛ばしてきた。私は不意をつかれて正中線を避けたものの、左手首に八の字に傷がついた。つまり、刃が手首をぐるりと回ってしまった。すると、かなり深い傷になって、血が滴り出した。私はその場を急いで去ると、通りの向こうから刺青を入れた男がやってきた。何も言わずに私の周りを訝しげに歩き回り、私は救急車を呼ぼうとしたが、そこで目が覚めた。朝の6時だった。

昼休憩で熱源を読了。良い本だったが、これで直木賞取るのであれば、間違いなく近い時代やテーマを扱った同志少女は直木賞を取ると思う。熱源は、イカペラと伍長を最後に持ってくるあたりは伏線の回収としては少し構成が緩やかだったと思う。伍長がイカペラの昔の琴の音を聞いたことがある、という展開もいささか取ってつけたような印象になってしまった。つまり、伍長についてわたしたちはほとんど何も知らないも同然なので、「大学で文化人類学の知識を得ていたらしい赤軍女性兵士」というイメージと政治将校を射殺したことくらいしかわからず、イカペラとの対話では、イカペラの背景との情報量の差がありすぎたのでそこでどうしても白けてしまった。歴史小説として編年体を意識したこと、出版時の交渉でページ数を増やせなかったことなどが影響しているのかもしれない。その点踏まえ、同志少女は構成も見事で哲学的なテーマや現代的な思想潮流にも応えているように感じた。

夜は大掃除の続き。忙しさが続いて洗濯などもできていなかったので一斉に済ませた。

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12/21

ウエルベックの新刊のタイトルがもう出ているかな、と思ったら3日前に公開されていた。オフ会に行っていたので気が付かなかった。anéantir 。ウエルベックを集約したような単語だが、どんな内容なのだろうか。あと、邦訳の表題はどうなるのだろう。熟語だけのタイトルだと良いな、と思う。

仕事を上がった後、中国語の授業の打ち上げで、広東料理の店へ。事前予約しないとほぼ入れない謎の人気店。馬場の近くの店・紹仙房の経営者が少しの間、故郷に帰っているので、もとは巣鴨にあった店の華姐私房菜が一時的に店をやっているそうだ。贅沢な家庭料理、といった広東料理がでてくるのだが、これが恐ろしくうまかった。魚醤や鶏ガラのスープと見知らぬ香辛料(五指毛桃など)が、味付けがしっかりされたもみじ肉を噛むとじんわりの舌に広がり、香ばしい甘味が印象に残った。中国語のできる方は、予約メニューがあり、これが尋常ではなくうまい炊き込みご飯なので、ぜひおすすめしたい。しかし、うますぎて食べすぎ・飲み過ぎだったので要注意。ちなみに、4人で食べてビール三瓶・紹興酒1瓶で1人2500円程度だったので、本当にお得だった。

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12/20

仕事終わり、Dear Evan Hansenを池袋で鑑賞。想像以上に良い出来だった。コミュニケーションとは自分について自分の中で完結して話しているはずなのになぜか他人に向かっていくために、様々な軋轢と調和を生むということを瑞々しく描いていた。ベン・プラットの演技も大変見事で、いかにも運動ができない人の走り方、手汗を気にする描写、早口になって頭を振ってしまう仕草など、細部の演技が素晴らしかった。最近ではVFXがミュージカル映画ではかなり多いのだが、この映画ではほぼなかった。それも弱点とはなっていなかった。演出効果としては、最初のシーンがエヴァンの自殺の試みだった、ということが本人の語りによって明らかになるまで執拗にリフレインされるシンプルなものしかないが、劇的な筋運びに対して抑制の効いた演出になっていた。コナーになりすますことができたのも(映画ではしたかった、という欲望が語られるのみだが)、自分自身が自殺しようとした人間なので可能だったということがわかりやすく説明される。こうした手法は多くミステリで用いられるものだが、この映画では、コナーが自殺した理由については、実のところ全く不明であり、それは問題になっていない。そうではなくて、むしろエヴァンがなぜコナーになろうとしたのかが解き明かされるという話なのだ。私は、自殺に対して真摯な描写だと思う。なぜなら、生き残った者ができることは、自殺した者について本当に知ることはできないことを知ることだからだ。

ミュージカルの脚本の頃からそうだったのかもしれないが、実際、この脚本は自殺した人間の周囲の者たちの反応自体について、批判的な言葉を投げかける登場人物や、自殺した者に共感する者たちの暴走を描いている。この物語を見ることで鑑賞者にかなり心理的な負担を与えるのは、自殺に関心を持つ者全体に対する容赦のない批判的態度ゆえだろう。自殺について語るだけで、語ることができない空白を勝手に埋めてしまう。しかし、母が子に伝えた歌にもあるように、 「私には埋められないかもしれないところがある」(“There would be space I couldn’t fill”, So Big/So Small)だけで、わたしたちはそれを埋めようとすることの価値を明確にするのもまた、この物語なのだ。

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12/19

二日酔いはひどくないが、疲れたので昼頃起きて長風呂。同志少女よ敵を撃て、を読む。力作だった。熱源といい、日本ではアレクジェーヴィッチが広く読まれて以来、赤軍女性兵士の話が多い気がする。