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佐藤正尚 南礀中題

2021/11/30

仕事先から中国語へ。中国版画像大喜利を通じて、発音練習と文法の復習。終わったあと、『你好,李焕英』の日本公開の話、台湾の里長制について講演する女性活動家の同時通訳のことから、フェミニズムと活動家についてざっくばらんに議論。なぜか、藤子不二雄の『毛沢東』の話に。今日はカロリーを抑えていたので23:00から強烈に腹が減り、ゆで卵をワインと合わせて食べた。

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2021/11/29

昨日は夜遅くに紅茶を飲んでしまったせいか、全然寝れなかった。ほどほどに働いて終業。12月8日ゲンロンカフェで実施される架空戦記イベントは現地券が当たらなかった。

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2021/11/25

久しぶりに1:00前に寝たが、疲れているのを感じる。19:00まで客先。お昼前に移動してから5時間近く常に何かしていたので本を少し読んで寝る。

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佐藤正尚 南礀中題

2021/11/24

レジュメ作りのため、ずっとInvention nouvelles et dernières nouveautéの軍事の項目を読んでいた。どこがユーモアとして考えられるのかをずっと説明する非常に辛い作業だったがフランス人のドイツに対する中傷のパターンのようなものが非常によくわかったのでよかった。今月はもう徹夜する元気が流石になく、五時半すぎにいちど就寝し、9:00前には起きて仕事をしつつレジュメを作成。研究会では有益なコメントをいただく。とくに良かったのは、自分はユーモアは基本的に娯楽だけでなく中傷やイデオロギー的な歪みを抱えていることが前提だったのだが、私だけそうで、一般にはそういうわけではなかったようだ。愛国ビジネスは文学研究ではあまり前提ではないらしい。

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2021/11/21

午前中は和裁。ジャクソン・ポロックの柄が気に入っていたので、5年ほど前に古着で買った。女物だったので仕立て直すことにして、6ヶ月ほど週1回ほどいったりいかなかったりしたが、先生の教え方が非常にうまいのもあり、自分で着るには問題ない仕上がりになった。写真の通りだ。

拱手の様子
拱手
帯前で両手を重ねる
手前で両手組み

次は唐草模様の紫の綿か何かの生地で位置から女物を裁ちと縫いをする予定。

午後は幼馴染のITエンジニアと庵野秀明展に行った。松下哲也が「松下哲也のアート講釈日本地」で指摘していたように、最初の庵野の着想源となった60年代以降の特撮のホビー玩具群(模型)は日本でホビー玩具がデパートの屋上で展示される催しがあった。1990年代に生まれ、1歳から5歳までの4年ほど宇都宮に住んでいた私でも、地方のデパートは現在とは違い、コインを入れると動き出すパンダの乗り物が置いてあったように思う。ただし、楽しい思い出はない。経済規模が停滞していった初期のデパートの屋上の記憶は哀愁につきまとわれている。高度経済成長時代の日本が世界に対して文化的優位性を発揮していた最後の時代は、庵野秀明のにとって最良の時代だったろう。実際、公的に確認できる史料でこれほど日本が経済的かつ文化的に影響を世界に与えてきたことはないし、いまや国際的競争力を失いつつありビジネス的なメリットが何もない日本語を学ぶ人々が世界中にいるのは、かつての神話が生きているからだ。現代でも日本の文化が世界に影響を与えている時、いつも戦後の50年程度の歴史が前提となっている。

庵野秀明の若い頃の制作はまさしく経済的成長に裏付けられた楽観的世界観によって成立していたと思う。中学生時代の同人誌の絵についてはとくに目を引くものはないが、高校生の時のフィルム作品『ナカムライダー』は圧巻だった。作品が撮影禁止だったので詳細についてうろ覚えだが、8mmのフィルムだったかもしれない。スペシウム光線を自己流に表現するためにフィルムに傷をつけたとのことだが、言うは易しで、1秒18コマの8mm四方の小さなフィルムに机上でひたすら傷をつけている庵野のことを想像すると慄然する。アニメーションの撮影の工程でエヴァはかなり前衛的なことをやっていたが、そのキャリア最初期からシン・エヴァンゲリオンにいたるまで、アニメーション、というか媒体自体を加工する映像表現の核心を突いていたように思う。

しかし、展覧会のクオリティは低いと思った。「さやわかのカルチャーお白洲」でさやわかが指摘していたように、特撮からアニメーションに行くことをあの展覧会から説明できる人はいないだろう。編年的な展示にはポルノアニメ時代の庵野の活動は抹消されていて、そしてそのときの同時代的なポルノ表現が『トップをねらえ!』以降の作品で明らかに活かされているのだから庵野を論じるうえでこの時代の活動は外せない。編年的な無文脈性と歴史修正に伴う様式史の欠落は展覧会の質としては私には高いものには思えなかった。

夜、私の家で友人と食事。GO langでAPIフレームが最新のサービス開発で主流にならざるをえない理由は面白かった。国際規格についてアメリカのビッグカンパニーが握り続けていたが、情報通信社会では、API通信を設計することでプラットホームを握ることができるそうだ。また、SEO対策の話を展覧会に行く前に話していたのだが、グーグルの検索性についても現在にいたってもかなり問題があるそうだ。グーグルの提示するルールに従ってウェブページを設計するだけでページが優遇されるのだが、当然、内容は問われないので、怪しいサイトはいくらでも上位に来るそうだ。グーグルは結果として権威を与えるシステムを作成しているのだが、保管されているデータのどれを優先して表示するかは常に利用され、意図と離れたかたちでルールが適用される。『アーカイブの病』では、公文書は権力者によって常に保存が選別されるが、検索では、文書自体はすべて保存されるかわりに検索アルゴリズムが表示によって権威が生じている。これはページランキングのアルゴリズムのときから指摘されていたが、現在は違うアルゴリズムが適用されているので古いアルゴリズムに基づいた議論は更新される必要があるだろう。

日本の財政出動ベースのリフレは債務不履行で絶対にすべきではない、という元マル経学生の友人に対して米国保護領日本の金融市場の信用は米国に担保されているという形での議論や、エリーティシズムで日本の情報系の学生は毎年質が高まっていることが明らかといった話が面白かった。いい休日だった。

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2021/11/18

徹夜はふだんから十分に睡眠がとれていないとなかなか辛い。今週に入ってから仕事のストレスと研究のために5、6時間しか寝ておらず、だいぶ調子がよくない。睡眠したいが、寝ることで翌日がやってきて仕事をしなければならないと考えるとうんざりして寝れない、という悪循環で人は心身を病んでいくことがよくわかる。入浴などしてやり過ごす。

徹夜の仕事の合間に『文部省の研究』を読了。理想の日本人像、という言い方でナショナリズムや國體を扱っているのは辻田真佐憲の着眼点の鋭さといえるだろう。

家人が遠出するので深夜バスで見送る。

金曜日もゆっくりできそうにない。

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2021/11/17

会議が多くが疲れた一日だった。昼ごはんも取れなかったので16:00に買い出し。近所のスーパーが内部改装中なので、野菜などを買えないので自炊できずにいる。家で食事すると、急激に眠気に襲われて寝てしまった。1時間半ほど休憩して、研究会。発表者の小田実についての研究ノートをもとに議論。たまたま『民主と愛国』を読んでいたので、それなりの感想を言えた。アメリカの影については加藤典洋以外の議論の立て方が必要なのかもしれない。火曜日に学務をしていたため仕事が残っており、徹夜の予定。

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2021/11/16

2ヶ月ぶりの更新。サーバー代がもったいないと思ったのでなんとか書く。朝から外出。11月初めの朝の空気が体に心地いい。13日、14日と鎌倉にいたが、海沿いの秋は美しかった。大学院生スペースにひさしぶりに行って仕事と研究。大学が平常運転しだして変則的な図書室開閉もなくなった。新刊図書を借り出し。A very short introductionのTIME、現代アメリカ政治経済入門(ミネルヴァ書房)、The Values in Numbers、現代スピリチュアリティ文化論、認識と反省性、根のないフェミニズム。研究書のコピーとスキャンもした。研究の大半は事務作業だ。今日は中国語の日だった。双十一の天猫売上の話。昨年もやった気がするが、中国語を学習して1年になるらしい。定金と尾款のシステムは日本では不動産売買で類例があるが、中国では996をしてまで大量購入するのでなんだかんだ景気がいいのだろう。躺体はメディアイメージと老师も詠嘆。

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8月終わりまでの備忘録、聖徳太子とイサム・ノグチ、桜庭一樹の抗議をめぐって

前回から3週間経っていて本当に驚く。思い返すと、仕事のストレスでの心身の疲労と、博論の準備のためにずっとやっている校訂作業で長文を書く気が起きなかった。また、仕事で関わっている製品のトラブルが続き、いろいろなことにやる気を失ってしまっていた。とはいえ、備忘録をつけておく。

14日は久々に和裁に行った。夕方に散髪。次の日の日曜日、東博に「聖徳太子と法隆寺」展を見に行った。

展覧会は、飛鳥時代の仏教関係装飾物および文物が一堂に介していたので珍品を賞でることができた。モデルとなった人物が生きていた頃は、古墳時代からの歴史的連続性があったのだが、仏教文化の政治的な利用がその絢爛さや先進性によって喧伝されていったことが展示品からよくわかった。

私が感銘をうけたのは2つ。法華義疏と金属製灌頂帳だ。法華義疏が宮内庁から公開されているのをみて本当に驚いた。日本人の手による欧陽詢風の書体に影響を受けた仏典注釈書はなかなか見ることはないし、太子の直筆ではないのだろうが、大変貴重なものであるのは間違いない。

次に、当時の法隆寺の灌頂帳が金属製であったことも大きな驚きだった。黄金に輝く灌頂帳は、仏法の権威をいやまして高めたのに違いない。

ただし、展覧会のまとめ方はよくわからなかった。「太子信仰」が途中からの展示のすべてを貫いていたのだが、この太子信仰が結局は何かよくわからなかった。8世紀光明皇后の頃に端を発しているという説明もあったが、中世、近世を通じて法隆寺による太子の神格化と太子信仰の関係があまり掴めなかった。学説自体が整備されていないのだろうが、その曖昧さが展覧会半ばからの展示品の関係をわかりにくくしていたように思われた。しかし、いずにせよ、7,8世紀頃の仏像や四天王像が一堂に会した貴重な機会なので訪問されたい。事前予約以外では当日券が品切れだと入館できないので要注意(COVID-19対策のため)。

昼食を公園のスタバで済ませて、イサム・ノグチの展覧会もみた。若い人がたくさんいて、写真映えする提灯のディスプレイやインダストリアル・ミーツ・「ハンス・アルプ」めいた彫刻で記念撮影に興じていた。この収益で尖った展示ができるようになるのでもっとやればいいと思う。

とはいえ、展覧会としては私にはまったくよくわからなかったので、あまりに勉強が足りていないか、あまりにも説明不足かどちらかなのだが、おそらく両方だろう。ノグチはそもそもよくわからない。簡単に論文を読んでみても、どの文脈で何について革新的だったのかよくわからない。入門できるはずの展覧会は、日本にルーツをもつ神秘的な芸術家が日本の職人と出会って晩年の傑作をつくった、というストーリー仕立てになっていて、作品については何もわからなかった。ここ最近、おりにふれて美術を学んでいるので、そのマテリアルでこれを作るなんて変わっているな、くらいは思ったものの、そうした評価のしかたはしないようだ。音をあげて図録をみたが、いまいち不明だった。

帰りながら考えたこととしては、世界で初めて生前に個人の美術館を開いたこの美術家にはたくさんの愛好家・プローカーがいたはずで、庭石の再解釈でここまで財をなしたという戦後のアート・ビジネスを考えるうえで欠かせない作品という点で見ることができたのはよかったのかもしれない……、ということだった。

その後の2週間は倦怠感に苛まれて、書くことができなかったが、そのかわり生活を充実させることにした。長雨に備えて室内部屋干しを買い、コンロで沸騰させるタイプの安いエスプレッソマシンを買った。スーパーで安いがひどい味のするわけではない豆を購入して、深煎りした。コーヒー豆は驚くほど焦げやすいので手持ちの小さい鍋が少し煤けてしまったのだが、コーヒーを煎る器械まで必要なのかと悩んでいる。

そうこうしていると次土曜日が来た。たしか『宇宙へ』を読み切った気がする。その前の土曜日だったか。記憶が曖昧だ。22日の日曜日は一日ぼうっとして、夜に昔お世話になった先輩方とZOOM飲み会をした。フランスの都市部では、ワクチン接種がずいぶん前に行き渡っていて、パリの郊外ではマスクをしていないのが普通だそうだ。まだカフェに積極的に行くことはないそうだが、友人を自宅に招いて食事をすることが一般的で、そうした形で日常的な生活が復帰しているらしい。郊外と都市部で生活のパターンが異なるので感染流行の拡大についてもいろいろ事情が違うのだろう。

平日には特筆すべきことは何もなかった。28日土曜日に和裁にいき、裏地と表地の裾を縫った。29日日曜日は、ワクチンを2回打ったということで、友人とドライブに出かけて、海辺を走った。今日はどうしても冷麺が食べたかったので、新大久保のコサムでビビンバ冷麺を食べた。このうまさを求めていたので、本当に満足だった。

思えば、8月はいつも無気力である。暑さに本当に弱く、体調を崩しやすい。とくにいまの家は外気の温度をあまりにうけやすく、家の中の寒暖差が大きく知らず知らずのうちに体の負担がたまっていて、夏バテしているのだろう。

なのでツイッターの更新もほんどしていないが、桜庭一樹による時評(書評)撤回通告の事件はかなり驚いたので、いろいろ書いてしまった。「創作」のあらすじに「事実誤認」があるという主張は、かなり著者本人にとってリスクなはずだし、引き換えに非難対象の掲載会社と契約打ち切りを言い出しているだからすごい。また、この件について文学研究者や批評家が作者の権能と読者の権利の話に終始しているのにも驚いた。これは、商習慣上契約書のかたちをとらないことが多い業界で機能している信頼をかなりないがしろにしていることのほうが問題な気がする。

こうした観点を持った理由は、次の通りである。私はITのエンジニアを100人ぐらいフォローしていて、その中のひとりがこの話題にも触れていたのだが「著者が違うといっているから撤回すればいいのに面倒な業界である」といったことを指摘していた。「面倒な業界」という点以外はまったく的外れである。こうした手合いにわかりやすく説明すると、桜庭の主張はSLAも契約して、UATも完了したのに、検収間際になって「リスク管理の問題で役員の一人がダメ出ししたのでまだ支払いができません、弊社は何も確認しませんでしたが、この点について御社から事前に説明がなかったので支払いはできないかもしれません」と言っているのに等しい。どうしてそんな会社を信用できるのだろうか。

ここでSLAにあたるのが「創作」というカテゴライズで雑誌掲載をしたことだ。文芸雑誌では、何もカテゴライズしないで発表してもよいし(「寄稿」という掲載形式など)、反対にエッセイであることを明確にすることもできる。しかし、「創作」として掲載した場合、どれだけ事実に基づいていても著者確認をうけて適切な内容だと判断されることなく流通する時評などいくらでも書かれうる。というより、時評とはそもそも著者が確認するものではない。納品した製品についての評判を外部の人間に話すのに、いちいち納品した会社が確認しないのと同じことだ。

商習慣といったのは、ここに関わる。どんな作家だろうと、それが創作として発表された以上、時評では読み手の価値観が表明される。「創作」というかたちで著作物を文芸誌上に発表するということはそういうことだ。時評には編集者の手が入るので、いわば文芸誌共同体価値観を形成する。なので、先ごろある時評執筆者が作品を単に「つまらない」と評したのに対して編集者が掲載を拒否し、それについて何ごとか抽象的なことを言っていたが、この場合は単に評者が何も理解していない。編集者の時評についての仕事とは、この価値観を維持することだ。この価値観はそれ自体何の価値もない。しかし、文芸誌共同体の中で作品や作家を語る上での共通言語として機能する。稀に傑作がでてきて人々があらゆる場所でその作品について話すときに、その共通言語は広告資料となる。それがもうすぐ絶滅するかもしれない文芸誌を中心とした場合の小説文化を形成する一側面である。桜庭の行動はこうした価値観に見られる構造的欠陥を批判するのでもなく、「そのように他人にとやかく言われることの不愉快さ」に依拠して否を唱えている点が問題である。時評が書かれても良い状態で作品を掲載しているのは、いわばUATである。つまり、桜庭はSLAもUATも雑に済ませていた、と客観的にみて言わざるを得ない。桜庭ほどの作家であれば、そもそも文芸誌に掲載しなくとも、noteで有料掲載して多くの読者が購入して広く読まれただろう。わざわざ文芸誌を発表媒体に選んだのに、そうした行為に伴って発生する自身の責任についてあまりにも無自覚にみえる。桜庭は被害者のように振る舞っているが、桜庭自身は非常に影響力のある作家なので会社や時評を執筆した人に対して権力者として振る舞うことができるし、実際そのように行動を起こしている。

最後に、上記とは関係がない慨嘆を記す。人が自分の家族について不特定多数の場に書くことは非常に大きな責任と危険が伴う。それについて真剣に考えてSNSに投稿している人は多数派ではないだろうが、桜庭ほどの地位の確立した作家が、自分の家族について書くことの責任、危険、あとから生じるはずの様々な葛藤をきちんと考えていたとは思えない発表形式の選択や、契約打ち切りの一方的な通告をしている点にはつらいものがある。「砂糖菓子の弾丸は打ち抜けない」という家族のほころびと小さな奇跡について肉薄する傑作を著し、それ以後もそのテーマを大事にしていたと思われる作者のいまの振る舞いにただただ失望を禁じえない。

そんなことで気が沈んでいたが、なんとなく家にあった『あさきゆめみし』を読んで非常に元気がでた。その話はまたそのうちしよう。

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佐藤正尚 南礀中題

8月1日-10日

10日間何も更新できていなかったが、猫の世話のあとに猫ロスと夏バテのために仕事・研究・小説の執筆などのすべてにやる気がでなかった。10日の今日も眠くてしょうがいなが、コーヒーでつないでいる。

大きな話としては、4日ワクチン接種をして当日に39度程度の発熱をした。5日は休まざるを得なかったので寝て過ごし、途中での知り合いの献本(『)を受領しに大学へ。書籍部でメアリ・ロビネット・コワル『火星へ』を生協会員割引で購入。『宇宙へ』を読んでいなったが、短編The Lady Astronaut of Marsを偶然読んでいて、大変気に入っていた作家だったので購入した。『火星へ』は9日に読み終わったが、大変な傑作だったので、その場で結局kindleの『宇宙へ』を購入してしまった。5日では、『大麻の社会学』も購入した。グリーンインダストリーまでまとまった本と関係研究書が読みたかったのだが、うってつけだった。6日は朝5時過ぎにの起床して滋賀に出張してから夜に中国語。出張ということで出差を使って例作文。観光動画を作っている面白いBilibili動画など鑑賞。7日はワクチンと出張の疲れからか、和裁に行く元気がでなかった。というわけで、家をでずにこもっていた気がする。8日は朝6:00に起床して7:40からのイン・ザ・ハイツを家人と鑑賞。やっと見れたのだが、Broadway版とだいぶストーリーラインが異なっていて映画らしくなっていたが、大変よかった。帰りに、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』で描かれていたトルヒーヨ政権と移民の歴史について簡単に会話した。昼に海底撈で火鍋を食べる。もともとがクラブだったような内装で、定員のサービスも細かく、初めて火鍋行く人には楽しい思い出になると思う。しかし、巷子里头で簡単にさくっと食べるのが好きな私は二回行くことはないと思う。

午後からは、博多に転勤が決まった友人たちとだらだら話しながら家具の見回りをしていた。家人が使用しているNOCEなどいろいろ巡った。夜八時ほどに泊まるホテルで食事しながら雑談。MOROHAというデュオを教えてもらう。久しくこういう音楽を聴いていなかったのでかえって新鮮だった。朝3時まで話して先に辞して、タクシーで帰る。四時に帰宅。翌日は12時過ぎに起床。家人は共通の友人と会食があり、午後は別行動をした。私は運動がてら代々木周辺を散歩して平田篤胤神社を参詣。明治元年建立ということで、明治神宮北参道ルート周辺の開発など、調べればいろいろでてくるだろう。

今日は連休の疲れがどっとでている。伊藤穰一の騒動がまたきていて、解任するしないなどといっているが、MITML時代の業績は不明、というか保守政治家との付き合いがあって組織立ち上げに関わっているがマネジメントないしコンサルタントとしての力量も不明、初期アメリカITビジネスに携わっていたが別に最もラディカルだった頃のシリコンバレーで活躍したわけでもないので、そもそも大物業界ゴロのようなものだろう。この人をはじめ、ひろゆきとか、人選する側も何も知見も根本的な目標もなく、そもそもデジタル庁いくつかの文書データ化や規格統一プロジェクトを集中的にやりたいだけで、経産省とまた用語の不統一が著しくなり、ほとんどの事業が失敗する未来しかない。征矢泰子のいうところの「にぎりしめたてのひらのなかにあるのは いつも ふあん」(てのひら)。