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佐藤正尚 南礀中題

『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』

『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』(以下、SP)は大変素晴らしい作品だったので、長い文章を書くことにした。といっても、脚本・構成に参加している円城塔がとにかく好きだ、という長い告白になる。

舞台は千葉。千葉はとにかく愛されていてて、ここのところヒットしているラノベ原作アニメでも千葉よくてでくる。Chiba City Bluesとは違う。ただし、東京から遠すぎず、作劇に便利な海が近い郊外で、横浜や相模ほど色がついていない不思議な土地として愛されているのだろう。今回のアニメで千葉は再びSFの舞台として返り咲いた。

その舞台を彩る様々なガジェットも考え抜かれていた。

物語の発端は、丘の上の古い洋館。そこから湧いてくる謎の音。幽霊の噂。学者らしき人物が住んでいてのインド民謡らしき音楽が流れてくる。探偵趣味と小栗虫太郎を彷彿とさせるオカルティックな始まりである。

その雰囲気によくあっているのは、「古史羅」なる錦絵だ。それが祭りで自然に受け入れられているという設定も小気味良く、主人公の一人神野が怪しげな書き下しを読み上げることで登場人物たちが際立って学識豊かであることが察せられる演出もわかりやすい。

ガジェットについてはキリがないのでこの程度にして、ゴジラシリーズとしての目線からも見てみると、トラウマ的なつまらなさを鑑賞者に与えた『怪獣惑星』に比べて、大真面目に昭和ゴジラシリーズに向き合って昇華した作品と言える。映画館でゴジラを見ることが一つの娯楽だった時代、プロレスをしながら人類の味方をしてくれるゴジラを、現代の私たちが見るのはなかなかつらい。ゴジラと鉄腕アトムの悪魔合体のような、「SP」のジェットジャガーの由来となっている映画『メガロ対ゴジラ』は『怪獣惑星』よりもつまらない(一周まわって面白いが)。ゴジラが恐怖の生命体から人類の味方になぜなったのか、怪獣ブームとプロレスブーム、そして娯楽としてのSFがどのように大衆の歓心を買ったのかの説明はものの本に譲る。「SP」で大事なのはとにかくジェットジャガーなので、その話をしよう。

『メガロ対ゴジラ』では、ジェットジャガーはだいたい「機械のウルトラマン」といったところだが、ジェットジャーの搭載する人工知能は円城塔の用語では知性のことだ。知性といっても、登場人物が賢く知識が明晰な人ばかりということとは関係がない。円城塔『Self-Reference ENGINE』(ハヤカワ文庫、JA985、2011年)に登場する巨大知性体のことだ。巨大知性体は、自然現象自体に演算して介入する。自然現象といっても、時空間にも介入するので、複数の巨大知性体が別の宇宙をつくりあって、宇宙どうしが戦うことになる。人間が作った機械仕掛けの神によるラグナロクだ。「SP」でも、超計算機どうしが競合する、とペロ2が話すが、巨大知性体も同様、というわけだ。

さて、「SP」では洋館のインド民謡と赤潮が物語の始まりだった。『Self-Reference ENGINE』の世界で巨大知性体間戦争は「イベント」という一連の理解し難い事象が物語の発端となっている。例えば、未来から銃撃を受ける。

僕の考えではこうだ。リタはどっかの方向のはじめからやってきた。ところがどういう理由でか、未来方向から銃撃を受けて過去方向の軌道を捻じ曲げられた。おかげで彼女はその反動で今の母親のお腹に時間逆行的に閉じ込められることになった(『Self-Reference ENGINE』、24)

たいていの行為は現在から未来にかけて行われる。有川ユンが指摘しているように「メッセージは過去から未来に届く」(10話)。だとすると、「未来方向から銃撃を受けて過去方向の軌道を捻じ曲げられ」るのは、通常と逆の順序になる。このように、過去に未来を計算するというレトリックは円城塔の一貫したテーマである。なお、「SP」では、葦原が取得していた計算結果は、MD5ハッシュの数列として物語の後半で主人公たちの行動原理となっていく。そう、未来を変えるためには、未来に向かって未来の条件を整えてやれば良い。

で、彼女が矢鱈と発砲を続ける理由はこうだ。彼女が撃たれる前に、彼女を撃つ相手を撃ってしまえばいい。そいつは彼女の未来方向にいるはずだから、未来方向へ撃てばいい。幸いにして弾は普通、未来方向へ進む。少なくとも過去方向に撃つよりか簡単だ(『Self-Reference ENGINE』、25)

ここまで示してきた様に、「SP」の大筋は円城塔がずっと描こうとしているテーマの一つだ。ちなみに、物語と作者の関係を巨大知性体と人間のメタファーで語っていた円城塔だからこそ、今回の物語のような展開になっていたと言える。最後にそのことについて話そう。

はじめ、物語は葦原が残したOrthogonal Diagonalizer(Oxygen DestroyerのODからきているのだろう)の謎を解くことで破局と呼ばれるこの宇宙の終わりを防ぐための戦いが物語の主軸をなす。しかし、最終話近くになってジェットジャガーユングが何度も再起動を繰り返し幼児退行する。誰が仕組んだのかは不明のまま、物語は進む。最後に、これは物語中盤でペロ2に託された「ジェットジャガーを最強にするプロトコル」を、ペロ2の機転によって過去から未来に向けて未来の情報をAlupu Upalaに挿入していた、ということが明らかになる。最強になったジェットジャガーは、ゴジラを倒すことのできる大きさになり、原因はよくわからいが、ともかくゴジラの戦いの末、紅塵を結晶化させ世界は救われる。そのプロトコルこそ、真のOrthogonal Diagonalizerだった、というわけだ。つまり、物語は入れ子とミスリーディングによって構成されている。一番大きな殻は葦原の謎を追うことだ。次の殻に、ユングとペロ2たち人工知能の物語がある。ところで、後者からしてみれば、これはすべてすでに起こったことが再演されているにすぎないのであり、物語で最も中核にいたのは、実はユングとペロ2ということになる。芦原の謎は最初から解けていたのだ。

話を『Self-Reference ENGINE』に戻す。巨大知性体の作者は人間だったが、いつのまにか人間を規定するようになる。ところで、物語に巻き込まれた主人公たちは、ユングとペロ2という有川が生み出した人工知能によって規定されている。これらは相同関係にある。この相同関係は、物語の結末の印象を大きく決定づけている。ユングとペロ2によって、その使用者である有川と神野はあらかじめ出会うことが決められていたということが事後的に判明するからだ。つまり、二人の出会いは運命によって定められていた、といいかえられる。しかし、この運命の出会いは、ペロ3が神野のそばにいることや直接会うことが初めてであることによって、新しい出会いとして鑑賞者には感じられるのだ。運命の出会いが、運命なのに、新しく一歩を踏み出す予感となる。意外にも、堂々たるセカイ系であり、その結末はだいたい『君の名』でさえある。円城塔を考えるうえで、セカイ系はやはりはずせないということに改めて気付かされたのだった。