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山上霽

私たちが人間だった頃

私たちが人間だった頃、あの店で。

私たちが人間だった頃、まずいチーズカレーを出す青いネオンの看板の店があった。大学にほど近い神社から少し歩いた先に店を構えていた。カフェと名乗っていたが、ろくなコーヒーは飲めなかったし、フライドポテトとビール以外に美味しいものは何もなかった。

私たちは金もないのに、ある時期によくその店に行った。江永さんはいつもフライドポテトをひたすらに食べ続け、私はまずいチーズカレーを食べた。金があった時は、私がひとりでビールを飲んだ。江永さんはずっとピッチャーをまるごと一人で水を飲んでいた。そして、話し続けた。文学と思想、そして人生のもろもろを。サムコ・ターレ、ソット・ポーリン、レバノンのドゥルーズ派、ヒクマの存在論(「慈悲深く慈愛あまねき神の御名において」)、やる夫SS、ソローキンの『愛』。せいぜいが庄子、ランボー、田川建三だった私には、江永さんの話す綺羅星の知識はいやまして輝いていた。江永さんは歩く知性であり、貪欲な好奇心であり、水にさえ中毒になる竹林の賢人であり、そして何よりも、私が知る限り最も偉大なアンチ・ヒューマニズムのモラリストだった。ポルノにも自己啓発にも思想書にも小説にも、江永さんは江永さんのモラルをもって臨んでいた。だから、フェルディナンド1世が言ったという、FIAT JUSTITIA ET PEREAT MUDUS (正義はなされよ、世界は滅びよ)という警句を初めて知った時、私は江永さんの顔を思い浮かべた。あれから長い時間が経ち、いつのまにか賢者たちと竹林にではなく喫茶店に集い、『闇の自己啓発』なる読書会を開いていた。

最初はそこに自分がいないことにどこか居心地の悪さを感じたが、そこには江永さんの別の形の煌めきがあり、最後に私は快哉した。私といるときとコミュニケーションのモードが変わり、あの頃の主張がより明快になり、真理に近づいていた。真理について、多くの人が多くの言葉を割いてきたが、江永さんが真理を語るとき、フーコーのこの言葉を思い出す。

真理への関係は、個人を、節制をわきまえ、しかも節制生活を送る主体として設定するさいに、構造上の、道具としての、しかも存在論的な条件である。だがその関係、個人が自分を、欲望する主体という自らの独自単独性において認識するための、しかも、このようにして明るみに出された欲望から自らを浄化しうるための、認識論的な条件ではないのである。

フーコー『性の歴史II 快楽の活用』渡辺守章訳、新潮社、108頁。

フーコーの節制論が刺激的なのは、節制の誕生が真理との存在論的な関係の新しい形であり、現在にも続いてるということを鮮やかに言ってのけたことだ。修行の場だった四条の六角堂あたりには100年後にもトレーニングジムがある。これは偶然ではなく、人間的な必然なのだ。

『闇の自己啓発』の中で、節制という言葉はないけれど、江永さんは「闇の手」と言っているものも、節制の一つだ。抜歯した親知らずを冒頭に掲げるのはパフォーマンスでも異常行動でもなく、節制かもしれない。「しばらくポテチ食べててもいいですか。カロリーが足りなくて」(174)と言っていてもたぶん節制だし、水を大量に飲みながら真理に辿りつき、チンパンジーを卑下する振る舞いに憤る高潔さも節制だ。恐ろしいほどに生真面目な、そんな節制なのだ。

節制が可能性の中心であるのなら、こんな素敵な言葉も思いつく。

現代人類学の偉大なる著書は、モースの『贈与論』であるよりは、むしろニーチェの『道徳の系譜学』である。

ドゥルーズ『アンチ・オイディプス 上』河出文庫、359頁。

本当の道徳は、善と悪について話すことでない。善く生きることについて話すことでもない。悪について理解することでもない。善と悪に対して行き過ぎた思いをすべて捨て去り、思考を節制することだ。そして、善意の彼岸に行くために、人間について生真面目に考えることだ。そんなふうにして、人は人でなくなる。ただ、それは獣になることではない。誰も書いていない一冊の本があるとすれば、『人と獣の彼岸』だ。

管理と民主主義

獣は管理される。人ももちろん管理される。ブロイラーの生産管理を筆頭に、この世界は管理されている獣に満ち満ちている。しかし、人間についてはこんなことが言える。「人間は教育に失敗しても廃棄できないですからね」(江永、78)。そして、「不謹慎な話を続けると、廃棄はできないけど追放はできたり、不法投棄というか、強制的に収容したりはできるわけですよね。いわゆる、スラムを念頭に置いて考えてみたりするならば(人間の尊厳的には本当にひどい話になりますが)」(江永、79)。思考を節制しないでは、江永さんのような凄惨な現実を認知できない。人は思考が豊かである限り、現実で起きている事象に対してどんどん鈍感になる。

私は民主主義について考えるとき、はるか昔の法学者ケルゼンの本をよく読んでいる。ケルゼンが生涯をかけて追い求めた実定法は、現実に基づいてその根拠を求めようとしていたら、考えることすらできなかっただろう。それでも、ケルゼンの思考は、数学モデルが道徳になる前の時代に、道徳のあり方について最も分かりやすい形を示していた。

ケルゼンが論じた道徳を理解するためには、ある時期まで最も優れているとされた政治形態であるところの民主主義と彼の思想そのものといえる実定法について知る必要がある。彼は、キケローの次の言葉を引きつつ、民主主義の難しさを語る。

qua quidem certe nihil potest esse dulcius, et quae, si aequa non est, ne libertas quidem est. (もし自由にして、平等と同一にあらざれば、自由としての名に値いせざるものというべし)

M. Tullius Cicero, De Republica, Ed. C. F. W. Mueller, Leipzig,Teubner, 1889, p. 293.

ケルゼンは次のように注釈をつける。

しかし経験は、もしわれわれが現実に平等であろうと欲するならば、われわれは自らを支配せしめねばならぬ、ということを教える。このために政治的イデオロギーは、いまだかつて自由と平等とをお互い結合をすることを放棄しなかったのである。この二つの主義の総合こそ、まさにデモクラシーの特色をなすものである。

ハンス・ケルゼン『デモクラシーの本質と価値』、西島芳二訳、岩波文庫、1995年、33頁。

つまり、民主主義は人々を平等にするために、自分たち自身だけで自らを支配し、その中で自由を実現する必要がある。ただ一人の人間が共同体の代表をなどせず、人間はそれを達成したことがないとケルゼンは指摘する。

われわれは彼を崇拝に値いし、驚嘆すべくかつまた敬愛すべき人物として尊敬するであろう。しかしわれわれは、このような人物はわれわれの 国家に存在しないし、また存在してはならないことを気づかせたのち、彼の頭をオリーブ頭で塗り、花環で飾りつつ――国家の彼方へ見送るであろう。指導者的性格をもつ人物は、理想的デモクラシーでは占めるべき場所がない。しかしデモクラシーの自由理想、支配のないこと、従って指導者のないことは、いまだかつて近似的にも実現させられたことはない。

ハンス・ケルゼン『デモクラシーの本質と価値』、西島芳二訳、岩波文庫、1995年、108頁。

誰もが知っている。リーダーなどいない民主主義が最も理想的だが、やはり荒唐無稽で、火星に住めるようになった今でもリーダーが存在している。群をなす生物が特別なリーダーをもたずに同一の行動をとるような創発が今この時あらゆる場所で起きているのにもかかわらず、人間は集団を維持するために誰かが代表者という名の支配者であり続けている。では、ケルゼンはそんな現状を嘆いてみせるのにとどまったのかといえば、そうではない。彼は、そもそも誰もが代表者になれるシステムとはどういうものかという前提から議論を始めることにした。

何人も指導者になってはならないという、デモクラシーの理念にとって根源的な自由の意思が、社会的現実において何人も指導者となることができるという原理になるのと同じように、個人の原則的平等という第二次的な原理は、最大可能の平均という傾向に転化する。すべての国民はあらゆる任意的な国家機能を遂行するため平等に適応している、という扇動的前提は、究極的にはすべての国民を国家機能に適応せしめる単なる可能性となる。

ハンス・ケルゼン『デモクラシーの本質と価値』、西島芳二訳、岩波文庫、1995年、120-121 頁。

誰もが平等であるということは、国民の誰もが共同体に同等に使用されることだとして、ケルゼンは社会主義運動の限界を指摘する。とはいえ、私が注目したいのは、現実の社会で誰もがリーダーになれるのであればそれはあらゆる社会的活動が「平均」化されるというケルゼンの指摘だ。ここでケルゼンは、予言をしている。私たちがよく知っているように、これは21世紀中頃にアジアの国々で提示された行動心理学で提案された数理モデルに基づいた社会福祉の最適化の議論とそっくりだ。福祉の平等さの定義を考えたときに、個人のキャッシュフローのみで判断しようという統治者の登場と今では福祉を享受するために奴隷となった一部の人々の出現。そして、そもそも人民の間で平等を望む為政者などいなかったので、火星植民が始まる半世紀前には、その莫大な計算コストを支払う試みの幕は引かれていた。

ところで、統計的な統治技術が完全ではなかった時代に、先の引用からケルゼンは何を主張しようとしたのか。

何となれば、地上の真理の上にのみ身をささえ、ただ人間の認識を社会的目標に向かわせるものは、この目的の実現のために避けることのできない強制を、強制的秩序がその幸福に帰せねばならぬ者の少なくとも多数の同意によるほかには、弁護することができないからである。そしてこの秩序強制は、少数もまた絶対的に不正ではないし、絶対的に無権利ではないから、つねに自ら多数となることができるように作られていることが必要である。これが、われわれがデモクラシーと名づけ、政治的相対主義の表現であるからして、そのためにのみ、政治的組織の本来の意味である。

ハンス・ケルゼン『デモクラシーの本質と価値』、西島芳二訳、岩波文庫、1995年、133頁。

ケルゼンが見ていたのは理念を実現するための政治的組織がヘゲモニーを握るたびに失敗していく姿だった。そんななかで、少数派の政治的組織の存在価値を基礎づける方法はひとつしかない。少数派が多数派として扱われる権利である。民主主義の社会に生きているのであれば、理論的には誰もが平等であるため、誰の権利主張も無視できない。ケルゼンはこのように、それほど込み入った洞察はないが、単純な原理原則をさまざまな手法で証明しようとする。なので、ケルゼンの考察には私たちが生きている社会の構成員がどのように振る舞うのかという現実に起きている事象が考慮されていない。彼にとって社会とは権利と法に規定された人間が生きる場であって、権利と法のないところに彼の社会は存在しない。これは、法実証主義というイデオロギーを自然に導く。

特定の社会内で効力をもつ法を実定法といい、それはおおよそ法律のことだ。ケルゼンはこの実定法が超越的存在、すなわち自然法なる実在を拒絶し、人間について形而上学的考察を重ね、人間における実定法を基礎づけようとした。

ハンス・ケルゼン「自然法論と法実証主義の哲学的基礎」『自然法論と法実証主義』、黒田覚・長尾龍一訳、木鐸社、1973年、88頁。

とはいえ、ケルゼンは自然法から逃れられなかったように思う。20世紀の第二次世界大戦後のドイツでナチスによって定められた法律の成立根拠やそれにともなう刑事罰、ならびに犯罪に対する遡及的な起訴が法学的にどれほど正しいかの論争があった。ケルゼンはあらゆる遡及的な罰則と自然法によって導かれる起訴に反対した。ここまでは、確かに律儀に自然法に反対している。しかし、ナチスの法が法として正しいのかの議論では、道徳に基づくとナチスの法は正統的ではない、と論じた。自然法は認めないが、道徳の普遍性は疑いえないというわけだ。

人間の理性の光に導かれたどんな法律も人間が人間であるという理由で破綻する。私たちはそれほど理性的でもないし、そもそもすべての行為を記述しうる権利と法律によって生きていない。場当たり的な解決で多くの場合生きている。なので、自然法はなくても道徳という基準を創出することになる。ケルゼンもまた、超越的な実在を彼なりの理性では拒絶したのだが、道徳だけは信じていたのだ。

世界はかつて、統計によって万人に共通する道徳を明確にできると信じていた。目的にそった精緻な学習モデリングと潤沢な計算資源によって社会の形を変えることにした。EBPMは魔法だった。そうして、世界は少しずつ同じように悪くなっていき、何度か内戦があり、経済バブルがあれば素知らぬ顔で月と火星に旅立った。この世界が悪くなっても、どこで誰かはお金を稼いだ。ろうそくの灯火しか灯りがなくても、スマートフォンを手にすることのできるようになった21世紀の経験が示した道徳とは、ケルゼンが期待したほどの崇高さはなかった。

書記言語を信用貨幣とともに生み出した人類の道徳とは、貨幣のやりとりの勘定を正しく行い、その結果を互いに納得できる形で示し保存することでしかなかった。21世紀にもっともうまくその勘定をうまくやってのけたのは、暗号通貨の発明だった。つまり、Proof-of-Workによって実現された決済システムだ。とくに火星では、すべての貨幣の移動を発行番号を知っていれば誰もがその移動をトレースすることができるため、口座を盗んで火星で金を使うことはほぼ不可能となった。人類が滅ぶ程度の長い時の中では十分に決済の根拠を保証できるようになったというわけだ。だから、お互いを信用できる。火星にいるということは、たぶんそいつが地球に行くと言い出さない限りは、自分の金を掠めることはないということだ。別の思考システムをもった生命体と貿易するまで(それが可能であればだが)、人類はかつての金本位制のようにPOWしか信じないだろう。お金そのものより道徳は尊い。同じようにして、お金より決済のほうが尊い。つまり、この星でもっとも道徳的なのは、POWの決済なのだ。

自由意志と少しだけの道徳

しかし、金の移動がすべて可視化されてしまうことは、不便なことでもある。適当なツケをつけるのも面倒だし、貴重な火星の氷を資産として保持しようものなら、途端に社会からの信用を失ってしまう。火星で自由であることは難しい。もちろん、火星以外でも、とにかく自由でいることは難しい。極限の状況の中で人は「自分には自由がない」と思うことでしか自由を意識できないし、ほどよく管理された自由の中で人は進んでその管理された自由を受容する。ジャン=リュック・ナンシーの博論が自由論だったのもうなずける。とくに、自由に意志をもって行動することとそれに伴って責任が発生することは科学によっておおよそ文化的な風習の1つにすぎないと示されたし、どのように現実に適応するかで人々は思い悩んできた。

江永さんもそうだった。江永さんは、昔からベルサーニとエーデルマンを読み込むことで、あるべき社会像について語っていたが、この本の中ではとりわけ自由意志が問題になっていた。これは稲葉振一郎の影響だと思う。自由意志は、心理学と脳神経科学の進展において、キリスト教圏の人々が責任とともに生み出した文化に過ぎないことがおおよそ明らかになってきた。グローバリゼーションとキリスト教文化の普遍化が20世紀に起きて、21世紀の時点の知性をめぐる様々な研究のうち、工学的なアプローチ(当時は工学では機械学習、一般的にはAI研究と呼ばれていた)は、こうした文化に規定された枠組みを解体するほうに社会は進まなかった。しかし、哲学研究では自由意志を分解し再構築する作業が流行した。稲葉もそうした流れの中の論者だ。とはいえ社会共同体について経済学と社会学のオーソドックスな議論を実直に重ねて分析する人だった。もともと、江永さんは親密的で非再生産的社会の可能性に依拠しつつ功利主義を批判し、「もっともコストのかからないロボットは人間ですよね」、と慎重な表情で一番危険なことを丁寧に説明する人だ。稲葉の議論と江永さんはよく交わる。そして、だからこそ「僕は具合が悪かった頃に「お前は化け物だ」と言われたことがあるのですが、江永さんの人間の定義だと僕も人間になれるので、救われた気がしますね」(382)と参加者暁氏に言わしめる人間観を説いている。

個人的には、ニック・ランド的な「人間をやめよう」よりは、どこまで行っても人間、みたいな姿勢をとりたい気持ちもあります。仮説に合わせて自然法則が発生するのではないように、仕様書や定義に合わせて人間が生産されるわけでもないので、現にいる私が人間のできることをしている、で、いいのではないかと思ったりもします。人間には私みたいなこともできるし、私みたいなことをする人間を増やしてもよい、みたいな。(382)

「人間には私みたいなこともできる」という金言は自己を人間に拡張するナルシシズムを意味しない。江永論文にあるように、Ciniiを検索することで、「闇」と「自己啓発」と「パワーワード」の結びつきが予見されていたかのような錯覚をして、この私でさえミームではないかと書いてしまうほどに、江永さんにとってこの「私」は世界に先んじて存在する確固たるものではない。むしろ、自然法則の一つとして、自己同一性を自らのうちに得ようとしている存在でしかない。なので、自我を人間に拡張しているのではない。もっといえば、人間と自我はそもそもそれほど区別できるものではないのだ。

他人から蔑まれ、あるいは自分にばかり欠陥があると思い詰めている時に、この考え方は最後の命綱となるだろう。そもそも、自分と同じくらい世界にいる人間に価値はないし、価値がある人と同様に自分にも価値があるかもしれない。「人間には私みたいなこともできるし、私みたいなことをする人間を増やしてもよい」というわけだ。

ベンジャミン・ハーディの『ファクトフルネス』に対して江永さんが一貫して厳しい態度をとっているのは実はここに原因があるような気がする。読者の記憶を疑うわけではないけれど、備忘録の代わりに関連する文章をここに引用しておく。

──「高学歴」なのに「本能」に振り回されて「チンパジーにすら勝てない」ままの愚か者でいいいのですか──このレトリックには(善良な著者のまっとうな啓蒙的意図にもかかわらず)「ゆでガエル」を持ち出して人を辱めるような振る舞いと同様の、(著者の意図を外れるだろう)悪しき嘲笑の作動する要素が残されているのである。(397-8)

あの本を読んで、チンパンジーを愛しているという人を除いて、いったい誰がチンパンジーのたとえ話にここまで怒りを覚えることができるだろうか。確かに、誰も傷つけないように「ファクトフルネス」について論じるこの本にしては、奇妙なことにチンパンジーは不当に蔑まれている。江永さんがチンパンジーを擁護することで示したいのは、啓蒙の行為とは、蒙を啓く過程で必ず支配関係が導入される構造がファクトの神話的な善性によって隠蔽されていることだ。実際、この著作の教訓はすべてを悪用することで無欠のプロバガンダを作ることができるために、著者はできるだけ読者は従順になり、正しいファクトの使い方だけを覚えて帰ってもらいたいのだ。そんなことをふまえて、江永さんはファクトについてこんなことを書いている。

ファクトとの遭遇、それとの接続を、閉じた回路の破砕、回路の組み換え、拡張のために使うこと。ファクトに出会うことで、人は己の無知に意識を向け、その所在を探ることができるようにもなる。あるいは未知の所在、闇の所在をも。(398)

江永さんは優しいのではっきり書いていないが、ファクトと呼ばれているもののほとんどは闇の所在だけを明らかにするだけだ。科学的記述は、そもそも、ここで呼ばれているファクトには入らない。自然言語に変換された科学的事実は、変換される時に変換先のコンテクストによっていくらかの操作が入っている。「ある原子核に粒子が入射して結果、別の原子核を生じ、1個以上の粒子が放出される過程のこと」だけではファクトは形成されないが、「原爆」や「原発」という言葉が付与されることではじめてファクトとして認知される。様々な実験の記述を総合した結果、冒頭にあげたように、自由意志という言葉を使ったとき、「自由意志はこれまで信じられたかたちでは存在していない」というファクトができるというわけだ。ファクトについて理解を深めることは、自明だったはずの真理に瑕をつける。『ファクトフルネス』の実践は、自傷行為に近いのだ。

ところで、自由意志と責任が幻想だとしても、人から報怨・報恩の法則を取り除くことはできない。生きている限り、どんな弱者でも誰かを傷つけるし、強者は誰かを傷つけることでしか存在できない。人間は集団を営むと同時に複雑な支配関係を作りだし、それを止めることはできない。とりわけ報怨の連鎖はよく暴走する。では、どうして人間は人間とうまくやってくことができるのだろうか。その点についても人々は思いの外多くの答えを出していて、フランソワ・ジュリアンの言葉を借りるのであれば、孟子は「憐れみ」の観点から「道徳を基礎付け」ている。報怨と報恩の双方向の単純さではなく、人が二人いることで「仁」という字を形成するように、科学的には完全に実証されていないような利他的行動をとる。『闇の自己啓発』で気になった点の一つに、人間の奇妙な利他的行動についてほとんど言及していないことがある。究極的には、大抵の人が他人を殺さないでいることも、私からしてみれば十分に利他的行動だ。少し前に触れたPOWは確からしい道徳の具体的な形だが、いくつかの人間の行為のうち、利他的行動のような実証的にうまく説明できないものこそ、自由意志が砂上の楼閣となったあとに残されたほんの少しの道徳なのかもしれない。

人間やめて十三万里

江永さんの論文について話してきた。この論文では江川隆男『アンチ・モラリア』が自由意志批判の例として引用されている。私はさっき憐れみの話をしたけれど、江川が同著で「自由活動」としているものには、憐れみが含まれていると私は考えている。そんな著作だが、私がこの本に関わる文章の中で最も好きなのは、合田正人が寄せた帯文「人間をやめよ、愛はそこにしかない」だ。江永論文でも銘に引かれていた。私が火星で生活している今でも、忘れられない言葉だ。江永さんは覚えていないだろうが、私は、『アンチ・モラリア』の読後、江永さんにこう言った。「読んだけど、ほとんどわからなかった。本の中でわかったところは、帯に買いてあることだけでした」。

「人間をやめよ、愛はそこにしかない」。これよりも美しい帯文に出会ったことはそれまで一度もないし、それ以降もない。そもそもこの本はふつうの人間には読めない。思考と身体についてスピノザ・ドゥルーズ・ガタリで語り直すとき、道徳は人間を擬人化するものでしかない。別のところで、「人間そのものからして、わたしたちにはもはや大した好奇心を抱かせられることはない」(ミシェル・ウエルベック『H. P. ラヴクラフト 人生と世界に抗って』、国書刊行会、2017年、39頁。)という言葉に出会っていた私に理解できたところはそこだけだし、そもそも「愛」なる言葉もほとんどで本の中にない。しかし、私たちが人間をやめてしまった今、人間をやめなければ愛に出会えない意味はあの時よりもよくわかる。ニーチェらしい言い回しであれば、Die Moral als Krankheitであり、道徳によって擬人化された人間もまた病のようなものだ。そして、これこそ『闇の自己啓発』で中心となっているテーマなのだろう。実際、暁氏・ひでシス氏は、この社会に違和感なく暮らし、「正常」でない人について軽口を叩きつつ「非正常」な人々を揶揄する者たちを頻繁に憎悪して批判している。つまり、「世界は邪悪である、内在的に邪悪である、本質からして邪悪である、そういう結論も、彼を困惑させることは金輪際ない」(ミシェル・ウエルベック『H. P. ラヴクラフト 人生と世界に抗って』、国書刊行会、2017年、196頁。)というわけだ。ウエルベックとラブクラフトは(シオランもそうだが)『闇の自己啓発』のライトモチーフなので、ここでは何度か引用してみた。クトゥルフの呼び声が聞こえた人は『闇の自己啓発』に導かれるだろうし、そろそろあなたもきっと人間をやめたくなってきたのだろう。

ところで、みんなが人間をやめた時にこの社会はどんな姿をしているのだろうか。随分前に宇宙漂流ものを読みたくなったので、『シドニアの騎士』を読んだ。この人たちは人間をやめて光合成をしているのにどうして光合成を前提とした社会を営んでいないのだろう、と私は思った。『闇の左手』は車の移動速度でさえわざわざ文化的に差異の事例として挙げていたが、アメリカ人の文化を人類の文化にすり替えていただけに比べると、『シドニアの騎士』における社会の姿は、ほとんど学校文化の中にしかに閉じていて、いまいちピンとこなかった。優れた作家でも人間をやめた人間の社会を描くことは困難らしい。

社会のあるべき姿について考察している昔読んだ本によると、人間の快は管理可能なので管理すべきだ、という考えがあったようだ。快は幸福と呼ばれることもあって、全体の幸福と個人の幸福が一致するべきだ、という考え方が一部の人にはあった。貧しい人が幸福に生きることができるのと、支配者のイデオロギーが被統治者のイデオロギーと幸福の名のもとに一致してるべきという考え方が同時に存在していたのは、現在からみると興味深い。どちらも別の問題に取り組んでいるのに、「快」の管理によって結びつけられていたようだ。江永さんが指摘していたように、「ただ、現今の環境では適応的な特徴が、そのまま未来でも適応的だとは保証されていないことに留意しておきたいです。快楽の量や質の感じ方に関してさえ。そして良心さえも」(219)、何世代かすぎるだけで全く異なったものとなる。

火星に人が住んでからいろんな社会設計思想がでてきたが、技術的な制約が大きな影響を与えて、いまの暮らしができあがった。外を歩くのに大した苦労のいらない地球でさえ、社会のあるべき姿を正確に設計できないのに、火星でできるはずもなかった。火星には昔から「火星では火星人のように」という諺がある。地球で「郷に入っては郷に従う」と言われていたものだ。ある中国人はそれについて庄子の言葉を引用して、少しの間は流行ったことがあった。とりあえず中国語だとこんな感じだ。

已乎已乎临人以德。迷阳迷阳无伤吾行、吾行却曲无伤吾足。(やめだ、やめだ、人に徳を押しつけるな。世間を避けよう、己の道で怪我することはない。己の道を行き、うねる道を戻りもするが、足を怪我することはない。)

火星に来たにしてはインテリだったのだろう。庄子の『内篇』「人间世」にでてくる文章だ。「迷阳迷阳无伤吾行」を「迷地球无伤吾行」と書き換えた書画は、ときどき建物に飾ってある。とくに「临人以德」の発音は広く伝わり、「Lindenid」と少し元の発音から変わった形で火星に住む者なら誰でも聞いたことがある言葉となった。意味は「第三者から(多くの場合、より強い者から)押し付けられた規範を拒否する」だ。Oxford English Dictionaryの火星版にはそう定義されている。

「人间世」で最も有名な言葉は、「人皆知有用之用而莫知无用之用也」だ。人は役に立つものの使い方を知っているが、役に立たないものの使い方は知らない。「無用の用」という古諺になり、「一見役に立たないものでも実は役に立つ」という意味で使われている。しかし、原文にはそんな意味はなく、単に「役に立たないものの使い方は知らない」としか書いていない。これには、庄子の生きていた乱世の処世術として、いかに危険から身を置くかの実践という解釈が与えられてもいるようだ。自分が乱世で役に立たないからこそ、生きるうえでは役に立つということを示唆しているというわけだ。乱世を火星に置き換えると、「临人以德」はまさしく無用の用だ。火星ではとにかく地球的な道徳、というかおそらくキリスト教的な道徳が嫌われていた。私たちの最初の世代の道徳は地球では全く役に立たなかったが、それでも混乱した時期を乗り越えて、ある程度まともな社会を作るのには十分だった。社会が道徳を規定することも、道徳が社会を規定することもなかったというわけだ。

ところで、混乱を経て国家の治安が取り戻されることは、「人间世」では「瘳」という言葉で表現されている。「瘳」は、病が癒えるという意味だ。人間を擬人化するという病としての道徳が癒えた時、社会はよくなるのかもしれない。人間を擬人化するのをやめるためには、人間をやめるのがたった一つの冴えたやり方だ。

私たちが人間をやめたあと、初夏の川沿いで話すなら。

外には夕焼けが広がってきた。今日はいつもより空気が澄んでいて、空は美しいプラスチックブルーをしている。一方で、私たちが人間だった頃の思い出はだいたいが朝焼けだった。仲間がいればなおさらだが、帰りの電車を逃してしまって、朝まで話し続けるしかなかったのだ。そんな綺羅星の思い出の1つにこんなものがある。

土砂降りの日だった。青いネオンの看板の店で私たちは雨宿りをしていた。ピッチャーいっぱいの水もなくなり、金がなくなって酒も頼めなくなった。終電だった。ふたりで何かの文章を書こうとしていた。雨が止んだ。まだ人間だった私たちは、うまく自分たちの考えをまとめられなかった。私たちがもうあまり会わなくなった後、あの店の味はますますひどくなった。シャッターがしばらく下りたままになったあと、あの店はコインランドリーになった。その後、二人は人間をやめた。お互いにお互いの道徳を身につけて、邪悪なこの世界でちょっとした愛でも見つけたかもしれない。

そもそも、『闇の自己啓発』は愛を見つけなければ生まれなかったかもしれない。私が知る限りで、もっとも人間から遠いモラリストと、モラリストと真剣に言葉を交わす賢者たちが交わって、その結果生まれた書物が世界に求められている。この本は10万部くらい売れて欲しいし、韓国語に訳されて欲しいし、地下出版で中国語にもなってほしい。タイ語、インドネシア語、ロシア語でも、私が知っている限りの言葉で訳されてほしい。そして、その印税で、初夏の川沿いにあるあの公園の桜の木の下で、私の飲むウィスキーとビールを奢って欲しい。私はお祝いに、たくさんの水を背負っていく。酒をつくるような清らかな水を。飲みながら、何かの話をしよう。何の話だろうか。火星のこと、あの街のこと、世界のこと、愛のこと、道徳のこと。そう、まずは話すことについて話をしよう。

凡例 注記がない場合、江永泉、木澤佐登志、ひでシス、役所暁『闇の自己啓発』、早川書房、2021年。からの抜粋です。 (江永、90)とあった場合、同書の江永の発言を引用したものです。

2022年10月12日更新